
「2枚の紙を平行に垂らして、その間隙に息を吹き込むと、紙同士はどうなるか?」
直感的には、息の圧力で紙は広がりそうに思えます。
しかし実際には、紙同士はピタリと吸い寄せられてくっつきます。
これが、流体力学の基本原理である「ベルヌーイの定理(Bernoulli's Principle)」が引き起こす現象です。
この定理は、飛行機が飛ぶ理由から、キャブレターの霧吹き、そして巨大プラントの配管設計に至るまで、流体を扱うあらゆる技術の根幹を成しています。
しかし、式の中に登場する「静圧」「動圧」「全圧」といった概念や、単位の変換(パスカルかメートルか)で混乱するエンジニアも少なくありません。
本記事では、ベルヌーイの定理の定義と導出から、実務で必須となる「水頭(ヘッド)」の考え方、そして圧力損失を考慮した拡張式(実用公式)を用いた計算事例までを網羅的に解説します。
流体のエネルギー収支を完璧に理解し、根拠のある流体設計を行うためのバイブルとしてご活用ください。
- 1. ベルヌーイの定理とは何か?
- 2. 公式の導出と「圧力」形式での表現
- 3. 工学的なアプローチ:「水頭(ヘッド)」形式への変換
- 4. 計算事例①:トリチェリの定理(タンクからの流出)
- 5. 実践計算:圧力損失を考慮した拡張ベルヌーイ式
- 6. 計算事例②:ポンプ揚程の決定
- 7. ベルヌーイの定理の適用限界(落とし穴)
- 8. まとめ
1. ベルヌーイの定理とは何か?
ベルヌーイの定理とは、一言で言えば「流体におけるエネルギー保存の法則」です。
1738年にダニエル・ベルヌーイによって発表されました。
エネルギー保存の法則とは、「形が変わっても、エネルギーの総量は変わらない」という宇宙のルールです。
ボールを高いところから落とすと、「位置エネルギー」が減る代わりに「運動エネルギー(速度)」が増えます。
流体もこれと同じで、流れている流体が持つエネルギーの総和は、流線上のどこをとっても一定になります。
流体が持つ3つのエネルギー
流体(非圧縮性・非粘性)は、以下の3つのエネルギーを持っています。
1. 圧力エネルギー(Pressure Energy)
流体が周囲を押す力(圧力 )によって蓄えられているエネルギーです。
風船を膨らませた状態や、水道管内の水圧がこれに当たります。
2. 運動エネルギー(Kinetic Energy)
流体が流れる速度()によって持つエネルギーです。
ボールの運動エネルギー と同じ概念です。
3. 位置エネルギー(Potential Energy)
基準面からの高さ( または
)によって持つエネルギーです。
高いところにある水は、低いところにある水よりも大きなエネルギー(ポテンシャル)を持っています。
定理の本質:トレードオフの関係
ベルヌーイの定理が示しているのは、これらのエネルギーの「等価交換」です。
・速度(運動エネルギー)を上げると、その分だけ圧力(圧力エネルギー)が下がる。
・高さを上げると、その分だけ圧力や速度が下がる。
冒頭の「紙がくっつく」現象は、息を吹くことで空気の「速度」が上がり、その代償として紙の間の「圧力」が下がったため、外側の大気圧に押されて紙が閉じたのです。
2. 公式の導出と「圧力」形式での表現
では、これを数式で表してみましょう。
流体の密度を
]、流速を
]、圧力を
]、高さを
]、重力加速度を
] とします。
単位体積あたりのエネルギー保存則として記述すると、以下の有名な式になります。
この式の各項は、すべて圧力の単位 を持っています。
各項の名称と意味
第1項:静圧(Static Pressure)
流体が静止しているとき、あるいは流体と一緒に動いている観測者が感じる圧力です。
配管の側面に開けた穴から圧力計で測定されるのは、この静圧です。
第2項:動圧(Dynamic Pressure)
流体の運動エネルギーを圧力に換算したものです。
流れている流体を急にせき止めたとき、その速度エネルギーが圧力に変わって衝撃を与えます。
台風の風圧などがこれに相当します。
第3項:位置圧(Hydrostatic Pressure)
高さによる水圧成分です。
水深が深いほど圧力が高いのはこのためです。
全圧(Total Pressure)
これら全ての合計を「全圧」と呼びます。
ベルヌーイの定理は、「理想流体において全圧は保存される」と言い換えることができます。
3. 工学的なアプローチ:「水頭(ヘッド)」形式への変換

物理学では上記の「圧力形式(Pa)」が使われますが、土木や機械設備の現場(ポンプ設計など)では、「水頭(Head)」という長さの単位 ] を使うのが一般的です。
先ほどの式全体を、流体の比重量 (または
)で割ります。
これが、エンジニアが最も頻繁に使うベルヌーイの式の形です。
各項の単位はすべてメートル ] になり、エネルギーを「高さ」として視覚的に捉えやすくなります。
各項の名称(ヘッド)
圧力水頭(Pressure Head):
圧力を高さに換算したもの。
水の場合、1気圧(約 )は、約
の水柱の高さに相当します。
速度水頭(Velocity Head):
速度を高さに換算したもの。
その速度で真上に水を噴き上げたとき、どこまで到達するかという高さです。
位置水頭(Elevation Head):
基準面からの実高さそのものです。
全水頭(Total Head):
これら3つの水頭の合計エネルギーレベルです。
4. 計算事例①:トリチェリの定理(タンクからの流出)

ベルヌーイの定理の最も有名な応用例である「トリチェリの定理」を導出してみましょう。
大きなタンクの底に小さな穴を開けたとき、水が噴き出す速度 を求めます。
条件
・点1:タンクの水面(基準面からの高さ )
・点2:底の穴(基準面からの高さ )
・大気圧:
Step 1:ベルヌーイの式を立てる
点1と点2の間でエネルギー保存則を適用します。
Step 2:条件を代入する
・点1(水面):大気に開放されているので 。タンクが十分大きいので水面降下速度はほぼゼロとみなせる(
)。高さ
。
・点2(穴):大気中に放出されるので 。高さ
。
これらを代入すると、
Step 3:整理して解く
両辺にある大気圧の項 が消えます。
したがって、流出速度 は以下のようになります。
これが「トリチェリの定理」です。
驚くべきことに、物体を高さ から自由落下させたときの速度と同じ式になります。
つまり、水は「位置エネルギー」をそのまま「運動エネルギー」に変換して飛び出していることが証明されました。
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5. 実践計算:圧力損失を考慮した拡張ベルヌーイ式

ここまでの話は、摩擦のない「理想流体」の世界です。
しかし、実際の配管には摩擦があり、エルボやバルブなどの抵抗体もあります。
実務では、これらによるエネルギーロス(圧力損失)を考慮した「拡張ベルヌーイの式」を使用します。
損失水頭(Loss Head)の導入
上流(点1)から下流(点2)へ流れる間に、エネルギーの一部が熱や音となって失われます。
この失われたエネルギーを「損失水頭 」として式の右辺(流れた後)に加えます。
つまり、「最初の全エネルギー = 後の全エネルギー + 途中で失ったエネルギー」という収支合わせです。
損失水頭
の中身
損失水頭は、主に「管摩擦損失」と「形状損失」の合計です。
ダルシー・ワイスバッハの式(管摩擦)
(:管摩擦係数、
:配管長さ、
:配管内径)
長い配管ほど、細い配管ほど、流速が速いほど、損失は大きくなります。
6. 計算事例②:ポンプ揚程の決定

工場で最も頻繁に行われる計算、すなわち「水を低いところから高いところへ送るために必要なポンプの圧力(全揚程)」を求めてみましょう。
条件
・地下タンク(水面高さ )から、屋上タンク(水面高さ
)へ水を送りたい。
・配管の全長は 、内径は
。
・必要な流量から計算した流速は 。
・管摩擦係数 とする。
・エルボ等の形状損失は簡略化のため無視する。
・両タンクとも大気圧開放。
Step 1:エネルギー収支式を立てる
ポンプが与えるエネルギー(全揚程 )を左辺に加えます。
(※タンク水面の流速は配管流速に比べて無視できるほど小さいため とします)
整理すると、
つまり、ポンプは「高低差 」に加えて「配管抵抗
」に打ち勝つだけの力が必要だということです。
Step 2:損失水頭
を計算する
ダルシー・ワイスバッハの式を使います。
配管の摩擦だけで、約 分ものエネルギーロスが発生することがわかります。
Step 3:必要全揚程
を求める
したがって、このシステムには「全揚程 以上」の能力を持つポンプを選定する必要があります。
もし摩擦損失を無視して「高さ だから
用のポンプでいいや」と選定していたら、水は屋上まで一滴も届きません。
これがベルヌーイの定理(拡張式)の実務における威力です。
7. ベルヌーイの定理の適用限界(落とし穴)
万能に見えるベルヌーイの定理ですが、適用できないケースや注意点があります。
① 圧縮性流体(気体)の場合
ベルヌーイの式は、密度 が一定であることを前提としています。
水や油などの液体では問題ありませんが、空気やガスなどの気体は、圧力が変わると密度も変わります(圧縮性)。
流速が音速の0.3倍(マッハ0.3、約 )以下の低速であれば、気体でも近似的にベルヌーイの式が使えますが、高速の気体や、圧力差が非常に大きい圧縮エアの計算には、熱力学を考慮した圧縮性流体の式を使う必要があります。
② 粘性が高い流体の場合
ハチミツや高粘度オイルのようにドロドロした流体では、摩擦の影響が支配的になり、慣性力(速度)の影響が小さくなります。
この場合、ベルヌーイの定理よりも、ハーゲン・ポアズイユ流れ(粘性流)としての解析が重要になります。
③ 過渡現象(水撃作用など)
ベルヌーイの定理は「定常流(時間が経っても状態が変わらない流れ)」に対する式です。
バルブを急閉した瞬間のウォーターハンマー(水撃作用)のような、時間的に変化する現象には適用できません。
8. まとめ
ベルヌーイの定理は、流体機械を設計するエンジニアにとっての共通言語です。
一見複雑な配管システムも、エネルギーの視点で見れば「位置」「圧力」「速度」の変換ゲームに過ぎません。
・基本はエネルギー保存則:
・実務では「水頭(ヘッド)」形式 ] が便利:
・速度が上がれば圧力は下がる(ベンチュリ効果)。
・現実の設計では、必ず「損失水頭 」を足して計算する。
この定理を使いこなせるようになれば、ポンプの選定ミスを防ぎ、配管サイズを最適化し、さらには省エネ効果の高いプラント設計が可能になります。
まずは目の前の配管一本から、頭の中でエネルギーの収支をイメージしてみてください。


