
プレス加工というと、巨大なスライドが上から「ズドン」と降りてきて、金型を押し潰すイメージが強いかもしれません。しかし、ただ押し潰すだけでは、お椀のような「絞り形状」を作ることは不可能です。金属の板は、何の拘束もなければ、くしゃくしゃに波打って「しわ」だらけになるからです。
この「しわ」を抑え込み、材料をピンと張った状態で金型の中に流し込むために、下から強力な力で押し上げる装置が存在します。それが、プレス機械のベッド(土台)の中に隠された「ダイクッション装置」です。
普段は金型の下に隠れて見えませんが、この装置の圧力設定ひとつで、製品は「良品」にもなれば、一瞬で「割れ」や「しわ」のスクラップにもなります。本記事では、プレス加工の陰の立役者であるダイクッションについて、そのメカニズム、必要な力の計算、そして現場で職人たちが苦労するピン調整のリアルな実態まで、製造現場の視点から徹底的に解説します。
- 1. ダイクッション装置とは:下からの反発力
- 2. 種類とメカニズム:エア式と油圧式
- 3. 絞り加工における「しわ」と「割れ」の攻防
- 4. 【計算事例】必要クッション能力の算定
- 5. 現場の苦労話:クッションピンの長さ管理
- 6. ダイクッションの保守点検
- 7. まとめ
1. ダイクッション装置とは:下からの反発力

ダイクッション装置(Die Cushion)とは、プレス機械のボルスタ(テーブル)の下部に内蔵された、空気圧や油圧を利用して「上向きの力」を発生させる装置のことです。
プレス機械の主動作は「上から下へ」の加圧ですが、ダイクッションはそれに逆らって「下から上へ」押し返します。 金型(下型)にあけられた穴を通して「クッションピン」という棒を突き上げ、そのピンが金型内部の「しわ押さえ板(ブランクホルダー)」を支える構造が一般的です。
主な役割は2つ
- 絞り加工時の「しわ押さえ」: コップのような容器を作る際、材料(ブランク)の縁を上下から挟み込み、適度な抵抗を与えながら引き込みます。この「挟む力」を発生させるのがダイクッションです。
- 成形後の「製品ノックアウト(突き出し)」: 加工が終わってスライドが上昇する際、金型(ダイ)の中に張り付いた製品を、下から押し上げて取り出しやすくします。これを「リフトアップ機能」や「エジェクター機能」と呼びます。
2. 種類とメカニズム:エア式と油圧式

クッション装置には動力源によっていくつかの種類がありますが、構造を理解することはトラブル対応の第一歩です。
① 空圧式(エアクッション)
最も普及しているタイプです。工場内の圧縮空気(コンプレッサーエア)をそのまま利用します。
- 構造: ベッドの中に巨大なエアシリンダがあり、その下に「サージタンク」と呼ばれる空気の貯蔵タンクが繋がっています。
- 特徴: プレスが下降してクッションが押し下げられると、シリンダ内の空気が圧縮されて反発力が生まれます。サージタンクがあるおかげで、体積変化による急激な圧力上昇を抑え、比較的定圧に近い力を発揮できます。
- メリット: 構造が単純で安価。エア漏れさえなければメンテナンスが楽。
- デメリット: ストロークに伴って多少圧力が変動する(下がるほど反発力が強くなる)。最大能力はシリンダ径と工場エア圧(通常0.5MPa程度)で決まるため、高圧が必要な厚板加工には向かない場合があります。
② 油圧式・NCサーボ式
近年のサーボプレスや大型機に搭載される高機能タイプです。
- 特徴: 油圧サーボバルブやサーボモータを使って、クッションの位置と圧力を自在に制御します。
- メリット: 「加工開始時は弱く、途中から強くする」といった可変制御が可能。エア式では不可能な複雑な絞り加工や、高張力鋼板(ハイテン)の成形に対応できます。また、エネルギー回生機能を持つ機種もあります。
- デメリット: 装置が高価で巨大。油漏れや制御トラブルのリスクがあり、専門的な保守が必要です。
3. 絞り加工における「しわ」と「割れ」の攻防

現場でダイクッションを調整する際、オペレーターは常に「しわ」と「割れ」という二つの敵と戦っています。
クッション圧が弱すぎる場合
材料を押さえる力が足りないと、絞り込まれる材料が余ってしまい、フランジ部分や側壁に波打ち(座屈)が発生します。これが「しわ」です。
一度しわができると、それがダイとパンチの隙間に無理やり押し込まれるため、金型をかじったり、製品厚みを変えてしまったりします。
クッション圧が強すぎる場合
逆に、「しわを消したい」と圧力を上げすぎるとどうなるか。 材料が金型に強く挟まれすぎて、パンチが押し込もうとしても材料が滑り込んでくれません。
結果、パンチの角部で材料が耐えきれずに破断します。これが「割れ」です。この「しわが出ず、かつ割れない」絶妙な圧力範囲(成形可能範囲)を見つけ出すのが、クッション調整のカンコツです。
熟練者は、プレス機の音を聞き分けます。「ズドン」という重い音なら圧が高すぎ、「パカン」という軽い音なら低すぎると判断し、レギュレータ(圧力調整弁)を0.05MPa単位で微調整します。
4. 【計算事例】必要クッション能力の算定

金型設計や設備選定において、どのくらいのクッション能力(トン数)が必要かを計算することは必須です。 「なんとなく強め」では、金型を壊す原因になります。
しわ押さえ力(
)の計算式
一般的な円筒絞りの場合、しわ押さえ力 (N) は、絞り力
の何割か、あるいは投影面積と面圧から求めます。
簡易式(面圧法):
:しわ押さえ面積 (mm²)。初期ブランク面積からダイ穴面積を引いたもの。
(
:ブランク直径、
:ダイ穴直径)
:単位面圧 (MPa)。材質による定数。
- 軟鋼(SPCC):0.5 〜 2.5 MPa
- アルミ:0.5 〜 1.5 MPa
- ステンレス(SUS304):2.0 〜 5.0 MPa
【計算事例】 材質SPCC、ブランク直径 、製品直径(ダイ穴)
の場合。
-
しわ押さえ面積の計算:
-
必要荷重の計算(面圧 1.5 MPa と仮定):
つまり、この金型には約3.6トンのクッション能力が必要です。
エア圧力の設定計算
では、プレスのエアクッション(シリンダ径 = 面積
)で3.6トンを出すには、エア圧をいくらに設定すれば良いでしょうか。
必要圧力 (MPa) = 荷重 (N) / シリンダ面積 (mm²)
工場の元圧が0.5MPa程度であれば、ギリギリの能力ということになります。
これでは余裕がないため、より大きな能力を持つプレス機に変更するか、絞り工程を分けて負荷を減らす検討が必要です。
5. 現場の苦労話:クッションピンの長さ管理

ダイクッションを使う上で、現場担当者を最も悩ませるのが「クッションピン(頂針)」の管理です。
「長さが揃っていない」悲劇
クッションの力は、ボルスタの穴を通した数本の鉄の棒(ピン)を介して金型に伝わります。 このピンの長さは、0.1mm以内の精度で完全に揃っていなければなりません。
もし1本だけ長いピンがあったらどうなるか?
プレスが下降した瞬間、その1本だけに数トンの衝撃荷重が集中します。
結果、ピンが座屈して曲がったり、金型のプレートを突き破ったり、最悪の場合はプレス機のクッションパッド自体を凹ませてしまいます。
研磨作業の落とし穴
現場では、汎用の丸棒を切断してピンを自作することがよくあります。 両端面を旋盤や研磨機で仕上げるのですが、これが意外と難しい。
「あと0.05mm削ろう」と思って研磨したら削りすぎてしまい、他の3本も全部削り直して長さを合わせる……という無限ループに陥った経験は、プレス加工者なら誰しもあるはずです。
最近では、長さ指定でオーダーできる焼入れ済みの標準ピンを購入する現場が増えていますが、緊急時にはやはり手作業での修正技術が求められます。
ピンが落ちる!
金型交換(段取り替え)の際、ダイクッションのエアを抜き忘れたまま金型を吊り上げてしまい、ピンが勢いよく飛び出したり、逆にエアが入っていない状態でピンがボルスタの穴の中に落下して取れなくなったりするトラブルも「あるある」です。
ピンがクッションパッドの隙間に挟まると、プレス機を分解修理しなければならず、数日間のライン停止という大惨事を招きます。
「金型を降ろす前にエアを抜く」「ピン穴には蓋をする」は、痛い目を見て覚える現場の鉄則です。
6. ダイクッションの保守点検

クッション装置はベッドの下という見えにくい場所にあるため、点検がおろそかになりがちです。
エア漏れの音を聞く
工場が静かになった昼休みや終業後、プレス機に耳を澄ませてください。
「シュー」という微かな音が聞こえたら、クッションパッキンの劣化や配管からのエア漏れ(エアーリーク)のサインです。 エア漏れがあると、設定圧力が維持できず、生産中に徐々にしわ押さえ力が弱まり、ある時点から急に不良品が発生する原因になります。
潤滑油の管理
クッションシリンダやガイド部には、グリスや潤滑油が供給されています。プレス加工では大量の加工油やゴミがベッド下の穴から落ちてくるため、クッション周りはヘドロ状の汚れが溜まりやすい環境です。
この汚れがパッキンを傷つけ、エア漏れを引き起こします。 定期的にベッド下のカバーを開け、掃除と給脂を行うことは、地味ですが最も効果的な延命措置です。
7. まとめ
プレス加工において、上からの加圧力(メインスライド)が「主役」だとすれば、下からのダイクッションは間違いなく「名脇役」です。 彼がいなければ、複雑な成形も、安全な製品取り出しも成り立ちません。
- 「しわ」と「割れ」の境界線を見極める圧力調整能力。
- 数本のピンに均等に力を分散させる長さ管理の精度。
- 見えない場所の異変に気づく保全意識。