
金型が開いた瞬間、成形された製品がポロリと落ちる。この当たり前のような光景は、金型内部に仕込まれた数本の細い金属棒が、絶妙なタイミングと力加減で製品を突き出しているからこそ成立しています。
その金属棒こそがエジェクターピン(Ejector Pin)です。
「突き出しピン(押出ピン)」とも呼ばれるこの部品は、金型部品の中で最も稼働頻度が高く、最も摩耗しやすく、そして最もトラブルの原因になりやすい消耗部品です。 ピンが一本折れるだけで、数千万円の金型が停止し、生産ライン全体がストップする事態を招きます。
本記事では、主に射出成形金型におけるエジェクターピンの役割を中心に、プレス金型(抜き型・絞り型)における類似機能(ノックアウト)との比較、座屈を防ぐための強度計算、そして現場を悩ませる「カジリ」や「白化」への対策まで徹底解説します。
- 1. エジェクターピンとは:金型から製品を離す「最後の一押し」
- 2. 構造と動作メカニズム:エジェクタープレートの役割
- 3. ピンの種類と使い分け
- 4. 設計計算:座屈しない径の選定
- 5. プレス金型における「ノックアウト」の特異性
- 6. 材質と表面処理:摩耗とカジリとの戦い
- 7. 現場で起きるトラブルと対策
- 8. メンテナンス:寿命を延ばすために
- 9. まとめ
1. エジェクターピンとは:金型から製品を離す「最後の一押し」

エジェクターピンとは、金型のコア側(可動側)に埋め込まれた棒状の部品であり、成形サイクルの一番最後に、型に張り付いた製品を物理的に押し出して離型させる役割を持ちます。
なぜ製品は金型に張り付くのか
樹脂(プラスチック)は冷えると収縮します。 射出成形では、溶けた樹脂を金型(キャビティ)に流し込みますが、冷却固化する過程で樹脂は数%収縮し、金型のコア(凸部)を締め付けるように抱き込みます。 この「抱きつき力(収縮応力)」は非常に強力で、人間の手で引っ張っても抜けないほどです。これを機械の力で無理やり押し剥がすのがエジェクターピンの仕事です。
プレス加工における「ノックアウトピン」
今回のキーワードには「プレス加工」の文脈が含まれています。 プレス金型(スタンピング)の世界では、一般的に「エジェクターピン」という名称はあまり使われず、同等の機能を持つ部品を「ノックアウトピン(Knockout Pin)」や「キッカーピン」、「リフター」と呼びます。
- 射出成形(エジェクターピン): 収縮して張り付いた樹脂を突き出す。
- プレス加工(ノックアウトピン): パンチに噛み込んだカスを落としたり、ダイの中に押し込まれた製品を下から押し上げたり(逆配置)、製品を浮かせたりする。
名称は異なりますが、「摩擦抵抗に打ち勝って製品を金型から分離する」という物理的な役割と設計思想は共通しています。
2. 構造と動作メカニズム:エジェクタープレートの役割

エジェクターピンは単独で動くわけではありません。「エジェクタープレート」と呼ばれる板に全てのピンが固定され、面として一斉に動作します。
動作シーケンス
- 型開き: 成形機が可動側プラテンを後退させ、金型が開きます。製品は収縮により可動側(コア側)に残ります。
- 突き出し(前進): 成形機本体にある「エジェクターロッド」が、金型背面の穴から進入し、金型内部の「エジェクタープレート」を背後から押します。
- 離型: プレートの前進に伴い、固定されている全てのエジェクターピンが同時にキャビティ表面から飛び出し、製品を突き落とします。
- 復帰(後退): 金型が閉じる際、あるいはスプリングの力によって、プレートとピンは元の位置(成形位置)に戻ります。
リターンピンの重要性
エジェクタープレートには、製品を押すピン以外に「リターンピン」と呼ばれる太いピンが四隅に配置されています。 万が一、スプリングが折れるなどしてプレートが戻りきらないまま型締めを行うと、突き出たままのエジェクターピンが固定側金型(キャビティ)に激突し、金型を破壊してしまいます。 リターンピンは、型締めの際に固定側のパーティングライン(PL)面に最初に接触し、プレートを強制的に元の位置まで押し戻す安全装置の役割を果たします。
3. ピンの種類と使い分け

製品形状によって、様々な形状のピンが使い分けられます。
① 丸エジェクターピン(Straight Pin)
最も一般的で安価なタイプです。加工も穴あけ(ドリル・リーマ)だけで済むため、可能な限りこれを採用します。 先端が細い場合は、座屈を防ぐために根元を太くした「段付きエジェクターピン」を使用します。
② 角ピン・平ピン(Blade Pin)
リブや格子状の部分など、丸ピンを配置できない狭い場所に使う板状のピンです。 丸ピンを平らに削って作りますが、回転止め(キー)が必要になります。
③ スリーブピン(Sleeve Pin)
パイプ状(筒状)のピンです。中に「センターピン(中芯)」を通します。 ボス(円筒状の突起)の先端を突き出す場合、丸ピンだとボスの肉厚部分しか押せず、白化や変形の原因になります。スリーブピンを使えば、ボスの底面全体を均一に押せるため、安定して離型できます。
④ エアエジェクター(Air Poppet Valve)
物理的な棒ではなく、圧縮空気を吹き出して製品を離型させるバルブです。 バケツのような深物容器の場合、底が真空状態になって抜けないことがあります。エアエジェクターで空気を送り込み、真空破壊を行うことでスムーズに離型させます。
4. 設計計算:座屈しない径の選定

エジェクターピンの選定で最も重要なのは「折れないこと(座屈しないこと)」です。 細くて長いピンに強い力がかかると、ポッキーのように簡単に折れます。
離型抵抗力
の計算
まず、製品を金型から引き剥がすのに必要な力(離型力)を計算します。 一般的に以下の式で近似されます。
:離型抵抗力 [N]
:摩擦係数(樹脂と金型鋼材間。通常 0.1〜0.2)
:樹脂の抱きつき圧力(成形収縮応力。樹脂によるが 10〜30 MPa 程度)
:抱きついている側面の投影面積 [mm²]
:真空吸着力(密閉形状の場合のみ加算)
【計算事例】 直径 、深さ
の円筒容器(ABS樹脂)を離型する場合。 側面面積
抱きつき圧力
(仮定) 摩擦係数
(約3.2トン)
この3.2トンもの力を、数本のエジェクターピンで分担して押し出す必要があります。
座屈荷重
の計算(オイラーの式)
1本のピンが耐えられる最大荷重(座屈荷重)を計算します。 エジェクターピンは「一端固定(プレート側)、他端自由(製品側)」とみなせますが、穴にガイドされているため「両端回転支持」に近い条件となります。安全を見て「一端固定・他端自由()」またはガイドありの条件で計算します。
:端末条件係数(ガイド穴がしっかりしていれば 1〜2、長い自由長があれば 0.25)
:ヤング率(SKD61なら
)
:断面二次モーメント(円形なら
)
:ピンの長さ [mm]
細いピン( 等)の場合、計算すると驚くほど許容荷重が低いことが分かります。 そのため、細いピンを使う場合は、必ず「段付きピン」にして太い部分で剛性を稼ぐか、本数を増やして1本あたりの負荷を下げる必要があります。
5. プレス金型における「ノックアウト」の特異性

プレス加工の文脈におけるエジェクション機能についても深掘りします。
スプリング vs 強制ノックアウト
プレス金型で製品を型から外す方法には2種類あります。
- スプリングストリッパー / リフターピン: 金型内部に強力なコイルバネやウレタンスプリング、あるいはガススプリングを仕込み、その反発力で常に製品を押し出そうとする方式。 構造は簡単ですが、加工中(下死点)も常に材料を押さえつけるため、製品にキズがついたり、変形したりするリスクがあります。
- 強制ノックアウト(ポジティブノックアウト): プレス機械のラム(スライド)に取り付けられた「ノックアウトバー」を利用する方式。 スライドが上昇し、上死点付近に来たタイミングで、機械側のバーが金型内のピンを叩き、製品を「パシュッ」と落とします。 加工中は力がかからず、上昇してから落とすため、製品への負荷が少なく、深絞り加工などで多用されます。
カス上がり対策ピン
パンチの中に小さなピンとバネを仕込み、打ち抜いたカス(スクラップ)を物理的に押し下げて、パンチへの吸着を防ぐ「ジェクターパンチ」も、広義のエジェクターピンの一種です。 これが機能しないと、カスが金型表面に残ったまま次のプレスが行われ、金型破損(カス押し)の原因となります。
6. 材質と表面処理:摩耗とカジリとの戦い

エジェクターピンは、金型本体(H7等の穴)と摺動し続けます。 潤滑が切れると、金属同士が凝着して動かなくなる「カジリ(焼き付き)」が発生します。
標準材質
- SKD61(ダイス鋼): 最も一般的。焼入れ焼戻しを行い、表面に窒化処理(タフトライド等)を施して硬度をHv1000程度まで上げます。内部は粘り強く、表面は硬いのが特徴。
- ハイス鋼(SKH51): 細いピンや、高温環境、高速サイクルの金型で使用。非常に硬く折れにくいが高価。
コーティング技術
近年は、無給油(オイルレス)での稼働や、長寿命化のためにコーティングピンが主流になりつつあります。
- DLC(Diamond-Like Carbon): 摩擦係数が極めて低く(0.1以下)、自己潤滑性があります。黒色の被膜。医療用や食品容器など、製品への油付着が許されない「グリスレス金型」で必須となります。
- TiN / TiCN: 金色のセラミックコーティング。耐摩耗性は高いですが、相手材(金型の穴)を削ってしまう攻撃性があるため、選定には注意が必要です。
7. 現場で起きるトラブルと対策

製造現場や保全担当者が直面する、エジェクターピン由来のトラブルシューティングです。
トラブル①:ピンの跡が白く残る(白化)
製品の突き出しピン跡が白く変色したり、盛り上がったりする現象。
- 原因: 離型抵抗に対して、ピンの面積が足りず、局所的に過大な圧力がかかっている。または、冷却不足で樹脂が柔らかいうちに突き出している。
- 対策: ピンの径を太くする。ピンの本数を増やす。冷却時間を延ばす。ボスの場合はスリーブピンに変更する。
トラブル②:ピンが動かない(カジリ・折損)
- 原因: クリアランス(隙間)が狭すぎて熱膨張でロックした。または、ガス(樹脂から出る腐食性ガス)が隙間に入り込み、ヤニとなって固着した。
- 対策: クリアランスの適正化(通常、穴に対して片側0.01mm〜0.02mm程度の隙間が必要)。ガス抜きの追加。DLCコーティングピンへの変更。定期的な分解清掃。
トラブル③:製品にバリが出る(ピンバリ)
エジェクターピンの周囲に、薄いバリが発生する現象。
- 原因: 長期間の使用により、ピンと穴が摩耗して隙間(ガタ)が大きくなり、そこに樹脂が流れ込んだ。
- 対策: ピンの交換。穴側が広がっている場合は、穴を広げて「オーバーサイズピン」を入れるか、入れ子(ブッシュ)を入れて穴径を再生する。
8. メンテナンス:寿命を延ばすために

エジェクターピンは消耗品ですが、適切なメンテナンスで寿命を数倍に延ばせます。
グリスアップのジレンマ
ピンには潤滑が必要ですが、塗りすぎると熱で溶けたグリスが染み出し、製品を汚します(油汚れ不良)。 耐熱性の高いフッ素系グリスを「薄く」塗るのが鉄則です。 また、スプレー式の潤滑剤は揮発しやすく、すぐに効果が切れるため、定期的な分解清掃とグリス塗布(オーバーホール)が欠かせません。
ガスベントの設置
エジェクターピンの隙間は、キャビティ内の空気を逃がす「ガスベント(ガス抜き)」としても機能します。 しかし、ガスが集中して通るため、ヤニが溜まりやすくなります。 ピンの側面にDカット(平らな面)を追加したり、スパイラル状の溝を掘ったりして、ガスの通り道を確保し、摺動面の固着を防ぐ加工も有効です。
9. まとめ
華やかな成形品のデザインや、精密な金型加工技術の陰で、エジェクターピンは目立たない存在です。 しかし、この細い棒が「折れず」「カジらず」「跡を残さず」機能し続けることこそが、量産工場の安定稼働の絶対条件です。
- 射出成形では「突き出し」、プレスでは「ノックアウト」
- 座屈計算に基づいた径と配置の選定
- DLCなどの表面処理によるカジリ対策
- 定期的な清掃によるガスの除去
これらを徹底することで、金型寿命は延び、製品品質は向上します。