
精密位置決め装置において、「指令した位置に機械が正確に到達しない」「反転動作時に一瞬の遅れや突起が生じる」。これらの現象の主犯格こそが「ロストモーション(Lost Motion)」です。
NC工作機械や半導体製造装置など、ミクロン単位の制御が求められるサーボ機構において、ロストモーションの理解と管理は、機械の性能限界を決定づける最重要課題の一つです。単なる機械的な「ガタ(バックラッシ)」として片付けられがちなこの現象ですが、実際にはボールねじの弾性変形、構成部品の剛性、そして摩擦特性が複雑に絡み合った「非線形な誤差要因」です。
本記事では、サーボ機構におけるロストモーションの定義から、ボールねじの剛性計算に基づいた発生量の予測、象限突起などの制御への悪影響、そして設計・制御両面からの具体的な対策まで、エンジニアが知るべき全知識を徹底的に解説します。
- 1. ロストモーションとは:定義とバックラッシとの違い
- 2. ボールねじにおけるロストモーションの発生メカニズム
- 3. サーボ制御への悪影響:象限突起と軌跡誤差
- 4. 理論計算:ボールねじ送り系の剛性と変位量
- 5. 実機における測定方法と評価
- 6. ロストモーションへの対策:設計と制御のアプローチ
- 7. まとめ:高精度位置決めのための設計思想
1. ロストモーションとは:定義とバックラッシとの違い
「広義のガタ」としての定義
ロストモーションとは、日本産業規格(JIS B 6191「工作機械-数値制御位置決め精度試験方法」)などにおいて、「正方向への位置決めと、負方向への位置決めにおいて、停止位置に生じる差(ヒステリシス誤差)」として定義されます。
平たく言えば、アクチュエータ(モーター)が動いたにもかかわらず、テーブル(負荷)に伝わらずに「失われた動き(Lost Motion)」のことです。
サーボモータがある位置へ移動するよう指令を出した際、往路と復路で同じ指令値であっても、機械系のガタやたわみによって、実際の到達位置はずれてしまいます。このズレの最大幅がロストモーションです。
バックラッシと弾性変形の総和
機械設計の現場では「バックラッシ」と混同されがちですが、厳密には以下のような包含関係にあります。
- バックラッシ(Backlash): 歯車やねじの隙間など、機械要素が構造的に持っている「幾何学的な隙間」。無負荷状態でも存在します。
- 弾性変形(Elastic Deformation): 負荷がかかった際に、ボールねじやベアリング、ブラケットがばねのように伸び縮みして生じる「変形による遅れ」。負荷の大きさに比例して増大します(ウィンドアップとも呼ばれます)。
[ ロストモーション = バックラッシ + 弾性変形による遅れ ]
近年の精密ボールねじは、予圧によってバックラッシ(隙間)をほぼゼロにしています。したがって、現代のサーボ機構におけるロストモーションの主成分は、実は「剛性不足による弾性変形」なのです。
2. ボールねじにおけるロストモーションの発生メカニズム

サーボ機構の送り系(フィードドライブ)において、ロストモーションがどこで発生しているのか、その発生源を詳細に分解します。
① アキシアルすきま(幾何学的ガタ)
ボールねじのねじ軸とナット(ボール)の間に物理的な隙間がある場合です。 精度等級の低い(C7〜C10級)転造ボールねじでは、数〜数十ミクロンのアキシアルすきまが存在します。モータが逆転した瞬間、この隙間の分だけねじ軸が空転し、テーブルは動きません。
② ボールの接触変形(ヘルツ弾性接触)
予圧がかけられた精密ボールねじであっても、負荷がかかるとボールと軌道面(レースウェイ)の接触部が弾性変形します。 これは「ヘルツの弾性接触理論」に従う非線形な変形であり、微小な変位として現れます。特に、ボール径が小さい場合や、溝のR形状との適合率が悪い場合に顕著になります。
③ ねじ軸の引張・圧縮変形
ねじ軸は細長い金属の棒であるため、切削抵抗や加速トルクを受けると、バネのように伸縮します。 軸が長い(ストロークが長い)ほど、また軸径が細いほど、ばね定数が低くなり、ロストモーションが増大します。
④ サポートベアリングとハウジングの変形
意外と見落とされがちなのが、ボールねじを支えるサポートベアリング(軸受)と、それを固定するハウジング(ブラケット)の剛性です。 いくら太いボールねじを使っても、それを支える土台が柔ければ、反転時に土台ごと変形してしまい、大きなロストモーションが発生します。
3. サーボ制御への悪影響:象限突起と軌跡誤差

ロストモーションは、単なる位置決め誤差にとどまらず、サーボシステムの動特性に深刻な悪影響を及ぼします。
象限突起(クオドラントグリッチ)
円弧補間加工(X軸とY軸を同時に動かして円を描く動作)を行う際、象限が切り替わるポイント(0度、90度、180度、270度)で、円の輪郭に「棘(トゲ)」のような突起が生じる現象です。
発生メカニズム: 1. 軸の移動方向が反転する際、ロストモーションの区間(隙間やたわみの解消中)は、モータは回っているが機械は動きません。 2. その間、サーボアンプの位置ループ制御は「遅れている」と判断し、トルク指令を一気に増大させます(積分項の蓄積)。 3. 隙間が埋まり、機械が動き出した瞬間、蓄積された過大なトルクが解放され、機械が指令位置を超えて飛び出します(オーバーシュート)。 4. これが加工面に「段差」や「突起」として転写されます。
ハンチングと整定時間の遅れ
機械系にガタ(ロストモーション)があると、制御系にとっては「不感帯」が存在することになります。 高ゲインで調整されたサーボ系において不感帯があると、目標位置付近で出力が行ったり来たりする「リミットサイクル(自励振動)」が発生しやすくなります。 また、停止時の微小な振動が収まらず、位置決め整定時間(セトリングタイム)が長引く原因となります。
4. 理論計算:ボールねじ送り系の剛性と変位量

設計段階でロストモーション(弾性変形分)を予測するためには、送り系全体の合成剛性を計算する必要があります。 送り系は「直列に接続されたばね」としてモデル化できます。
合成剛性
の計算式
送り系全体の剛性 (N/μm)は、各要素の剛性の逆数の和で求められます。
:ねじ軸の軸方向剛性
:ナットの剛性(ボール接触部含む)
:サポートベアリングの剛性
:ハウジング(ねじ軸取付け部)の剛性
したがって、最も剛性の低い箇所(ボトルネック)が、全体の剛性を支配します。
【計算事例】ロストモーション量の予測
以下の条件で、切削抵抗を受けた際の弾性変形量(=ロストモーションの一部)を試算します。
条件:
- ねじ軸径:φ32 mm
- リード:10 mm
- 軸長(支点間距離)
:1000 mm
- ナット位置:中央(
の位置が最も剛性が低い)
- 作用する切削推力
:5000 N (約510 kgf)
- 使用するねじ軸のヤング率
:2.06 × 10^5 N/mm²
1. ねじ軸剛性 の計算
固定-支持(または固定-固定)などの支持方法で変わりますが、最も単純な「軸の伸縮」のみを考えます。軸の断面積 は谷径(約φ29mmと仮定)で計算します。
ナットが中央にある場合、固定側からの距離は 500mm です。
2. 変位量(ロストモーション)の計算
ナットやベアリングが無限に硬いと仮定しても、軸だけで以下の変位が生じます。
解説: たった1メートルのボールねじでも、5000Nの力がかかると軸だけで約18μmも縮みます。往復ではこの倍の影響が出る可能性があります。これにナットやベアリングの変形が加わるため、実際のロストモーションはさらに大きくなります。 NC工作機械で数μmの精度を出すには、この変形がいかに無視できない数値であるかが分かります。
5. 実機における測定方法と評価
完成した機械のロストモーションを測定するには、主に以下の手法が用いられます。
レーザー干渉計による測定
最も高精度な方法です。 1. 機械を一定間隔(例:10mmピッチ)で正方向に移動させ、各点で位置決め誤差を測定します。 2. ストローク端まで行ったら、今度は負方向に同じ点まで戻り、誤差を測定します。 3. 各測定点における「往路の誤差」と「復路の誤差」の差がロストモーション(反転誤差)です。
ダイヤルゲージによる簡易測定
1. テストインジケータ(ダイヤルゲージ)を主軸等に固定し、測定対象(テーブル上のブロック)に当てます。 2. ハンドル送り(MPG)で一方向に動かし、ゲージの針をゼロに合わせます。 3. 最小設定単位(例:1μm)でさらに正方向に動かした後、逆方向に1μm戻します。 4. この時、ゲージの針がどれだけ戻ったかを確認します。指令通りに戻らなければ、その差分がロストモーションです。
VDI/DGQ 3441 規格などの統計的処理
欧州の工作機械規格などでは、複数回の測定を行い、その平均値とバラツキ(標準偏差)を用いてロストモーションを定義します。単発のデータではなく統計的に評価することで、熱変位などのノイズを除去し、真の実力を把握します。
6. ロストモーションへの対策:設計と制御のアプローチ
ロストモーションを撲滅、あるいは実用上問題ないレベルまで低減するための具体的な対策です。
【ハードウェア対策】剛性の確保と隙間の排除
- 予圧(プリロード)の付与: ボールねじナット内部に、あらかじめ荷重(予圧)をかけることで、ボールと溝の接触弾性変形を線形化し、見かけ上の剛性を高めます。
- ダブルナット予圧: 2つのナットの間にスペーサを入れ、引っ張り合う力を発生させる方式。剛性が高く、重切削向け。
- オーバーサイズボール予圧: 溝よりわずかに大きいボールを入れる方式。コンパクトだが予圧量は小さめ。
- ねじ軸の太径化と固定方法の強化: 計算事例で示した通り、軸の断面積は剛性に直結します。可能な限り太い軸を選定します。また、両端をベアリングで固定し、軸に引張予圧をかける「固定-固定」支持方式を採用することで、軸剛性を最大4倍まで高めることができます。
- 高剛性サポートベアリングの採用: ボールねじ専用のアキシアル剛性の高いアンギュラ玉軸受を採用し、規定トルクで確実に締め込みます(ロックナットの緩みは厳禁)。
【制御・ソフトウェア対策】補正機能の活用
メカニカルな対策にはコストと物理的な限界があります。現代のサーボ制御では、ソフトウェアによる補正が不可欠です。
- バックラッシ補正: NCパラメータに「反転時に上乗せするパルス量」を設定します。 例えばロストモーションが10μmある場合、反転指令が出た瞬間に、通常の指令+10μm分のパルスを余分に出力し、空転区間を瞬時に通過させます。 ※補正量が大きすぎるとショックが発生し、小さすぎると象限突起が残ります。
- ロストモーション補正(象限突起補正): 単なる位置の上乗せだけでなく、反転時の速度や加速度に応じてトルク指令を加算する高度な補正です。 ファナックの「サーボHRV制御」や三菱電機の「ロストモーション補正機能」などが代表的です。摩擦モデルに基づき、反転時の摩擦トルク変動を予測してフィードフォワード制御を行います。
- フルクローズド制御(リニアスケールフィードバック): ボールねじの回転位置ではなく、テーブルの実際の位置を「リニアスケール」で直接読み取ってフィードバックします。 これにより、ねじのロストモーションや熱膨張を含めた全ての位置誤差を電気的に補正し、最終的な位置決め精度を担保します。ただし、機械剛性が低い状態でフルクローズド化すると、ハンチングしやすくなるため、制御調整の難易度は上がります。
7. まとめ:高精度位置決めのための設計思想
ロストモーションは、機械が存在する以上、ゼロにすることは物理的に不可能です。しかし、以下のステップを踏むことで、要求精度を満たす制御系を構築することができます。
- 正しく恐れる: 「ガタがある」で終わらせず、それが「幾何学的な隙間」なのか「剛性不足による変形」なのかを見極める。
- 設計で攻める: ボールねじ選定時に、寿命計算だけでなく「剛性計算」を行い、必要十分な軸径と予圧を選定する。
- 制御で補う: メカの限界を理解した上で、バックラッシ補正や象限突起補正を適切にチューニングする。
サーボ機構の性能は「メカの素性の良さ」と「制御の調整力」の掛け算で決まります。ロストモーションの正体を正しく理解し、設計と制御の両輪で対策を行うことが、理想的なモーションコントロールへの近道となります。