
真夏の炎天下を走る電気自動車のモーター内部や、溶接スパッタが飛び散る産業用ロボットのアーム関節。通常の電子部品なら一瞬で破壊されてしまうような過酷な環境下において、黙々と、しかし正確に回転角度を検出し続けるセンサがあります。
それがレゾルバ(Resolver)です。
光学式エンコーダが精密なガラス細工だとすれば、レゾルバは頑丈な鉄の塊です。構造的にはモータそのものであり、半導体や光学素子を一切使用しないため、理論上の寿命はベアリング寿命と等しく、熱や振動、油汚れに対して圧倒的な耐性を誇ります。
なぜ鉄と銅線だけで角度が分かるのか? アナログ信号をどうやってデジタルの角度情報に変換しているのか?
本記事では、メカトロニクス制御の「最後の砦」とも言えるレゾルバについて、電磁誘導に基づく動作原理から、R/Dコンバータによる信号処理、エンコーダとの詳細な比較、そして実用的な分解能計算まで徹底解説します。
- 1. レゾルバとは
- 2. 動作原理
- 3. 信号処理の心臓部:R/Dコンバータ
- 4. 種類と構造:VR型とブラシレス型
- 5. レゾルバ vs 光学式エンコーダ:徹底比較
- 6. 軸倍角(極対数)の活用
- 7. 分解能と追従速度の計算事例
- 8. 精度を悪化させる要因:電気的誤差
- 9. フェイルセーフ性と断線検知
- 10. まとめ
1. レゾルバとは

レゾルバは、回転角を交流電圧の振幅変化として出力する、アナログ式の回転角度センサです。その歴史は古く、第二次世界大戦中の軍事用レーダーや砲塔の角度制御に使われたことに端を発します。
現在でも、その極めて高い信頼性から、航空宇宙、防衛、そして急成長するEV(電気自動車)の主機モータ制御用センサとして、事実上の業界標準(デファクトスタンダード)の地位を築いています。
構造と材質
レゾルバの構成要素は非常にシンプルです。
- ステータ(固定子):鉄心(コア)にコイルが巻かれたもの。
- ロータ(回転子):鉄心にコイルが巻かれたもの、あるいは特殊な形状をした鉄心のみのもの。
これだけです。LEDも受光素子も、コンデンサもトランジスタも内部には存在しません。使用されている材料は、銅(巻線)、鉄(コア)、絶縁樹脂の3つが主であり、これらはモータを構成する材料と全く同じです。 つまり、回転トランス(Rotary Transformer)の一種と見なすことができます。モータが回る環境であれば、レゾルバもまた、同じ環境で耐えうることができるのです。
2. 動作原理

レゾルバが角度を検出する仕組みは、変圧器(トランス)の原理に基づいています。ただし、通常のトランスと異なり、一次側と二次側の結合係数が回転角に応じて変化するように設計されています。
1相励磁・2相出力
最も一般的な「ブラシレスレゾルバ」を例に解説します。 ロータ側にある「励磁巻線(一次側)」に交流電圧を印加し、ステータ側にある2つの「出力巻線(二次側)」から誘起電圧を取り出します。
ステータの2つの巻線は、電気的に90度ずらして配置されています(サイン巻線とコサイン巻線)。
数式による信号解析
まず、励磁信号(キャリア信号) を以下の正弦波とします。
:励磁電圧の振幅(数V〜10V程度)
:励磁角周波数(
、通常10kHz〜20kHz程度)
ロータが角度 の位置にあるとき、ステータの2つの巻線には、回転角の正弦(SIN)と余弦(COS)に比例した振幅を持つ電圧が誘起されます。 これはラジオのAM放送と同じ振幅変調(AM変調)の状態です。
SIN出力電圧 :
COS出力電圧 :
:変圧比(トランスフォーメーション・レシオ)。通常は0.5(1:0.5)などが一般的。
この2つの式を見ると、共通項であるキャリア信号 に対して、それぞれ
と
が掛け算されています。 つまり、この2つの信号の振幅比を計算すれば、角度
が求まることになります。
時間変化する項 と定数
が約分され、純粋な角度情報だけが残ります。
これがレゾルバの基本原理です。電圧の絶対値ではなく「比率」で計算するため、温度変化で銅線の抵抗値が変わったり、ノイズで電圧全体が変動したりしても、比率さえ保たれていれば誤差にならないという強みがあります。
3. 信号処理の心臓部:R/Dコンバータ

レゾルバから出てくるのはあくまでアナログ波形です。これをサーボモータの制御に使うデジタル角度データに変換するのがR/Dコンバータ(Resolver to Digital Converter)の役割です。
単純にAD変換器で電圧を取り込んでマイコンで逆正接(arctan)を計算する方法もありますが、ノイズ耐性と追従性を高めるために、専用ICによる「トラッキング方式(追従比較方式)」が採用されることがほとんどです。
トラッキングループの仕組み
R/Dコンバータ内部には、現在の推定角度 を保持するカウンタがあります。 この推定角度
を使って、入力されたSIN/COS信号に対して以下の演算を行います。
ここに、先ほどの と
の式を代入します。(キャリア項は省略して考えます)
ここで、三角関数の加法定理()を思い出してください。 上記の式は、見事に以下のように変形できます。
この は、実際の角度
と推定角度
の偏差(ズレ)を表しています。 R/Dコンバータは、この偏差がゼロになるように、内部のVCO(電圧制御発振器)を回してカウンタ(推定角度
)を増減させます。
つまり、常に「入力角度 」を追いかけるようなフィードバック制御(PLL:Phase Locked Loopに近い動作)がコンバータ内部で行われているのです。 この方式のメリットは、常に偏差を見ながら追従するため、回転速度が変化しても遅れが少なく、かつランダムなノイズ成分は積分の効果でキャンセルされる点にあります。
4. 種類と構造:VR型とブラシレス型

レゾルバには、ロータへの給電方法の違いによって主に2つの種類があります。
① ブラシレスレゾルバ(巻線型)
ロータ側にもコイルが巻かれているタイプです。 しかし、ブラシを使って電気を送ると摩耗してしまいます。そこで、信号伝達用の「回転トランス」をもう一つ内蔵しています。 ステータ側から回転トランス経由でロータの励磁コイルに電力を送り、その磁束変化をステータの出力コイルで受け取る構造です。
- 特徴:精度が高い。構造はやや複雑。
- 用途:高精度サーボモータ、工作機械。
② VRレゾルバ(Variable Reluctance:可変磁気抵抗型)
VRレゾルバ(Variable Reluctance Resolver)は、ロータにコイルが一切ありません。 ロータは楕円形やおむすび形のような、特殊な形状をした積層鉄心だけで構成されています。 ステータ側に励磁コイルと出力コイルの両方が巻かれています。
ロータが回転すると、ステータとの間のエアギャップ(隙間)が周期的に変化します。これにより磁気抵抗(リラクタンス)が変化し、ステータ巻線の出力電圧が変調されます。
- 特徴:ロータがただの鉄の塊なので、圧倒的に堅牢で安価。高速回転に強い。
- 用途:EV駆動用モータ、電動パワーステアリング。
- 注意点:巻線型に比べて出力信号が微弱になりやすく、S/N比の確保が設計の鍵となります。
5. レゾルバ vs 光学式エンコーダ:徹底比較

制御システムを設計する際、どちらを採用すべきか迷うことがあります。両者の特性を明確に対比させます。
耐環境性
- レゾルバ: 圧勝。温度範囲は-55℃〜+155℃が一般的で、特注なら200℃超も可能。油没、振動、放射線にも強い。
- 光学式エンコーダ: 弱い。通常は85℃〜100℃が限界。結露や油分で光学系が曇ると即停止する。
分解能と精度
- レゾルバ: R/Dコンバータの性能に依存するが、一般的に10bit〜16bit(1回転あたり数千〜6万分割)程度。機械的な巻線精度に限界があるため、絶対精度は数分(数+arcmin)レベル。
- 光学式エンコーダ: 圧勝。20bit〜24bit(1回転あたり数百万〜1600万分割)が当たり前。ガラスディスクのリソグラフィ精度により、秒単位の絶対精度が出せる。
最高回転数
- レゾルバ: 構造が単純なため、30,000 r/min以上の超高速回転にも対応可能。
- 光学式エンコーダ: 信号処理速度とディスクの機械的強度により、数千〜10,000 r/min程度が限界。
コスト
- レゾルバ: センサ単体は比較的安価だが、R/D変換回路が必要。
- 光学式エンコーダ: 高精度品は高価だが、デジタル出力なので受信回路は安価。
結論: 「壊れたら困る、環境が悪い、そこそこの精度で良い」ならレゾルバ。 「精密な位置決めが必要、環境は整っている」なら光学式エンコーダ。
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6. 軸倍角(極対数)の活用
レゾルバには「軸倍角(Speed または Pole Pairs)」という仕様があります。 1回転(機械角360度)で、電気信号が何周期(電気角360度)出力されるかを表します。
- 1X(1速): ロータ1回転でSIN/COSが1周期変化する。絶対角度が分かる。
- 2X、4X...NX(多極): ロータ1回転で信号がN周期変化する。
例えば、4X(4極対)のレゾルバを使った場合、機械的に90度回ると電気的には360度(1周期)変化します。 これをR/Dコンバータで処理すると、同じビット数のコンバータでも、機械的な分解能はN倍に向上します。
メリット: モータの極数に合わせてレゾルバの軸倍角を選ぶ(例:8極モータなら4Xレゾルバ)ことで、モータ制御に必要な電気角を直接かつ高精度に得ることができます。分解能不足を補うための常套手段です。
デメリット: 1回転以内の絶対位置(アブソリュート位置)は分からなくなります。例えば4Xの場合、0度、90度、180度、270度の区別が信号上からはつきません。
7. 分解能と追従速度の計算事例
レゾルバシステムの性能は、センサ本体ではなくR/Dコンバータの設定で決まります。ここで重要なトレードオフ計算を行います。
R/Dコンバータの分解能と追従速度
R/Dコンバータの分解能を高く設定すると、内部のカウンタ処理に時間がかかり、追従できる最大回転数が下がります。 ある代表的なR/DコンバータICの仕様式は以下のようになります。
(※実際のICではトラッキングループ帯域で制限されますが、ここでは概念的な反比例関係を示します)
より実用的な、多摩川精機製「Smartcoder」などの仕様を例に計算してみましょう。
条件: * 励磁周波数 * 分解能設定:12bit
12bit時の最大追従速度(RPS:回転/秒)は、励磁周波数と方式に依存しますが、一般的に励磁周波数の数分の一から同等程度まで追従可能です。
仮に仕様書上の最大追従速度が (30,000 r/min)だとします。 ここで分解能を14bit(4倍細かく)に上げると、内部演算負荷が増え、最大追従速度は概ね1/4の
(7,500 r/min)程度に低下します。
角度分解能(LSB)の計算
12bit分解能の場合、1回転(360度)を何分割できるでしょうか。
1LSB(最小単位)の角度は:
これを位置決めに使う場合、ボールねじリード とすると:
一般的なFA機器なら十分ですが、超精密加工には物足りないスペックであることが分かります。
8. 精度を悪化させる要因:電気的誤差
レゾルバには、構造由来の特有の誤差要因があります。これを理解しておくことがシステム設計で重要です。
電気的誤差(Electrical Error)
理想的なレゾルバは綺麗な正弦波を出力しますが、実際には歪みが生じます。
- 振幅アンバランス: SIN巻線とCOS巻線の巻き数が微妙に違う、または配線抵抗が異なると、最大振幅
が一致しなくなります。これは
計算において、周期的な角度誤差(2倍周期成分)となります。
- 直交位相誤差: 機械的にSINコイルとCOSコイルが正確に90度で配置されていない場合、位相ズレが生じます。これも誤差要因です。
- 高調波歪み: 鉄心の磁気飽和やスロット形状の影響で、出力波形に高調波が乗ると、R/D変換後の角度にうねりが生じます。
これらの誤差は、一般的に「±10分(arcmin)」〜「±60分」程度です。 光学式エンコーダの「±20秒(arcsec)」に比べると、桁違いに大きい(精度が悪い)ことが分かります。(※1分 = 60秒)
9. フェイルセーフ性と断線検知
レゾルバが「安全」とされる大きな理由の一つに、断線検知の容易さがあります。
光学式エンコーダのA相/B相パルスは、モータが停止しているときは「変化しない(HighかLowのまま)」ため、正常に停止しているのか、断線して信号が来ないのか、区別がつきにくい場合があります。
一方、レゾルバは常に交流信号を出力し続けています。 モータが停止していても、励磁信号のキャリア成分()は常に出力され続けています。
(一定振幅)
つまり、SIN信号とCOS信号の二乗和(あるいはベクトル合成振幅)を監視していれば、「モータが止まっていても、断線すれば信号レベルがゼロになる」ため、瞬時に異常を検知できます。 この高いフェイルセーフ性こそが、人命に関わる自動車のパワーステアリングやブレーキ制御にレゾルバが採用される決定的理由です。
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10. まとめ
レゾルバは、最先端のデジタル技術とは対極にあるような、枯れたアナログ技術の結晶です。しかし、そのシンプルさゆえに得られる強靭さは、他のどのセンサも真似できません。
最後に重要なポイントを整理します。
- 原理: 角度によって結合係数が変わる回転トランス。SIN/COSのアナログ電圧比で角度を知る。
- 構成: 鉄と銅線のみ。半導体なし。だから環境に最強。
- 変換: R/Dコンバータでデジタル化。追従ループによりノイズに強い。
- 欠点: 光学式エンコーダに比べて絶対精度と分解能は劣る。
- 用途: EVモータ、悪環境ロボット、航空機など、「止まることが許されない」場所。
華やかなスペック競争ではなく、「過酷な現場で最後まで動き続ける」という信頼性を設計に組み込みたいとき、レゾルバは唯一無二のパートナーとなるでしょう。