
射出成形機から吐出された高温の溶融樹脂が、最初に金型へと足を踏み入れる場所。それが「スプルーブシュ(Sprue Bushing)」です。
金型全体の体積からすれば、手のひらに収まるほどの小さな部品に過ぎません。しかし、この部品の選定やメンテナンスを一つ間違えれば、成形サイクルは伸び、樹脂漏れが発生し、最悪の場合は「糸引き」などの成形不良によって量産ラインが停止します。 プレス金型のパンチやダイがミクロン単位の管理を要するように、スプルーブシュもまた、熱と圧力、そして流体力学に基づいた厳密な設計と管理が求められるのです。
本記事では、スプルーブシュの基本機能から、最も厄介なトラブルである「糸引き」の防止機構、ノズルタッチ部のR選定に関する幾何学的な計算、そして寿命を延ばすための保守管理まで、製造現場のエンジニアが知っておくべき知識を徹底的に解説します。
- 1. スプルーブシュとは:金型の「咽頭」
- 2. 基本構造と材質選定
- 3. 糸引き防止スプルーブシュのメカニズム
- 4. ノズルタッチ部のR選定と計算
- 5. スプルー体積と冷却時間の計算
- 6. コールドスラグウェルとの関係
- 7. 現場での保守とトラブルシューティング
- 8. ダイカスト金型における「鋳込みスリーブ」との違い
- 9. まとめ:小さな部品に込められた技術の粋
1. スプルーブシュとは:金型の「咽頭」

スプルーブシュ(日本名:注入口あて)は、射出成形機のノズル先端と接触し、溶融樹脂をランナーやキャビティへと導くための流路(スプルー)を形成するブシュ状の部品です。
固定側取付板(トッププレート)の中央に埋め込まれ、位置決めリング(ロケートリング)と共に金型の芯出し基準となります。 人間で言えば、食物(樹脂)を胃(キャビティ)へと送る「咽頭」のような役割を果たしており、ここで流れが滞ったり温度が下がりすぎたりすると、その後の全ての工程に悪影響を及ぼします。
なぜ別部品になっているのか
スプルー部は、成形機ノズルからの高圧(射出圧力:数百MPa)と、接触による衝撃(ノズルタッチ圧)、そして激しい熱サイクルに晒されます。 金型プレート(S55Cなど)に直接穴を開けてスプルーを作ることも物理的には可能ですが、以下の理由から、耐摩耗性と耐熱性に優れた別材質(SKD61など)で作られたブシュを挿入する構造が一般的です。
- メンテナンス性: 最も摩耗しやすい部分であるため、交換可能にする必要がある。
- 熱制御: 金型本体への熱伝達をコントロールし、スプルー内の固化時間を調整する。
- 硬度確保: ガラス繊維入り樹脂などによる激しい摩耗に耐えるため、高硬度の焼入れ鋼を使用する。
2. 基本構造と材質選定

スプルーブシュは単純な筒のように見えますが、その内部形状には多くの機能が詰め込まれています。
外観形状と固定方法
一般的には「ツバ付き(フランジ付き)」の形状をしており、固定側型板と取付板の間に挟み込まれる形で固定されます。 また、回り止め(キー溝やカット面)が施されていることも重要です。樹脂圧力や型開閉の振動でブシュが回転してしまうと、ゲート位置がズレたり、固定ボルトが緩んだりする原因になるからです。
内部形状:テーパ(勾配)の意味
スプルーの内面には、必ず抜き勾配(テーパ)が付けられています。 通常は片側1°〜3°程度です。 この角度は、成形終了後に固化した樹脂(スプルーランナー)を、金型が開く力でスムーズに引き抜くために不可欠です。 角度が小さすぎると離型抵抗(摩擦)でスプルーが途中でちぎれ、金型内に残ってしまいます(スプルー残り)。逆に大きすぎると、冷却時間が長くなり、サイクルタイムが悪化します。
材質と熱処理
- SKD61(熱間ダイス鋼): 最も一般的です。焼入れ焼戻しを行い、硬度HRC50〜55程度で使用します。耐熱性と靭性のバランスが良く、ヒートショックによる割れに強いのが特徴です。
- 超硬合金: ガラスフィラーを30%以上含むエンジニアリングプラスチックなど、摩耗が激しい場合に使用されます。
3. 糸引き防止スプルーブシュのメカニズム

射出成形現場で最も嫌われるトラブルの一つが「糸引き(Stringing)」です。
型が開いた際、ノズル先端とスプルーの間の樹脂が切れずに、納豆の糸のように伸びてしまう現象です。 この糸が金型PL面(パーティングライン)に挟まると、バリの原因になったり、金型を破損させたりします。
糸引きの原因
主な原因は、ノズル先端部の樹脂温度が高すぎて粘度が低下していること、またはスプルー内の固化が不十分であることです。 物理的には、樹脂の「曳糸性(えいしせい)」という性質が関係しています。
対策構造:逆テーパとランド
この問題を解決するために開発されたのが「糸引き防止タイプ」のスプルーブシュです。 通常のブシュとは異なり、ノズルタッチ面に近い入り口部分に特殊な加工が施されています。
- ランド(ストレート部)の設置: 入り口付近に、テーパのないストレートな区間(ランド)を数ミリ設けます。 これにより、樹脂の流路断面積を絞り、冷却効率を高めてゲートシール(固化)を促進します。
- 逆テーパ(アンダーカット)加工: ランドの一部に、あえて「逆勾配(入り口の方が広い)」を微小に設けます。 型開き時、スプルーランナーはこの逆テーパ部分に引っかかります。 金型が開く力で強制的に引っ張られることで、半溶融状態の樹脂がノズル先端部分で「プツン」と物理的に引きちぎられます。 これにより、未固化の樹脂が伸びることなく、確実にスプルー側についてくるようになります。
4. ノズルタッチ部のR選定と計算

スプルーブシュの設計において、最も初歩的かつ致命的なミスが起こりやすいのが、成形機ノズルとの接触部(ノズルタッチ部)のR寸法選定です。
鉄則:ノズルR < ブシュR
成形機のノズル先端は球面(SR)になっています。スプルーブシュの受け口も球面になっています。 このとき、必ず以下の関係を守らなければなりません。
成形機ノズル半径 < スプルーブシュ半径
例えば、成形機ノズルがSR10の場合、スプルーブシュはSR11やSR15を選定します。
なぜ同じRではいけないのか?
もし (SR10同士)にした場合、理論上は全面接触しますが、加工誤差や熱膨張、芯ズレにより、わずかでも隙間ができると樹脂が漏れます。
とすることで、接触は「面」ではなく、ノズル穴周辺の「線(円周)」で当たることになります。 これにより、ノズルタッチ力(数トン)が狭い面積に集中し、高い面圧が発生してシール性が向上します(メタルシール効果)。
【計算事例】隙間と接触位置の確認
ノズル 、ブシュ
、ノズル穴径
、ブシュ穴径
とした場合の接触状態を考えます。
幾何学的に、ノズルがブシュに食い込む深さは計算できませんが(干渉するため)、接触する円の直径 は概算できます。 ノズル先端がブシュ穴の角に当たるか、球面に当たるかが重要です。
ブシュの入り口穴径 が大きすぎると、ノズル先端がブシュの中に深く入り込みすぎてしまい、隙間(エアギャップ)がなくなります。 逆に
が小さすぎると、ノズル穴
よりも内側で接触してしまい、樹脂の通り道を塞いでしまいます(アンダーカット)。
設計ルール: (ノズル穴径 < ブシュ穴径) 通常は、ブシュ穴径をノズル穴径より 0.5mm 〜 1.0mm 大きく設定します。 例:ノズル径φ3.0 → ブシュ径φ3.5 〜 φ4.0
これにより、成形機の芯ズレ(通常0.1〜0.2mm程度ある)があっても、ノズル穴がブシュの壁に隠れることを防ぎ、射出圧の損失(圧力損失)と、成形後のスプルー引き抜き時の「かじり」を防止します。
5. スプルー体積と冷却時間の計算

スプルーブシュのテーパ角度や長さは、成形サイクル(コスト)に直結します。 スプルーが太すぎると、冷却時間が長くなり、材料の無駄(リサイクルコスト)も増えます。
スプルー体積の計算式(円錐台)
:体積 (mm³)
:スプルー長さ (mm)
:入り口半径 (mm) =
:出口(ランナー側)半径 (mm) =
【計算事例】 長さ 、入り口径
、テーパ片側2°の場合。
-
出口径の計算:
(直径
)
-
体積の計算:
樹脂密度を約1.2 g/cm³(ポリカーボネート等)とすると、 重量
たかが1.6gですが、月産100万個なら1.6トンの材料費になります。 テーパを1°に減らすことができれば、出口径が細くなり、体積も減り、冷却時間も短縮できます。 「抜ける限界ギリギリまで細くする」のが設計者の腕の見せ所です。
6. コールドスラグウェルとの関係

スプルーブシュを通過した直後の樹脂は、ノズル接触による冷却で温度が下がった「冷えた塊(コールドスラグ)」を含んでいます。 これがそのまま製品キャビティに入ると、外観不良(フローマーク)や強度不足の原因になります。
そのため、スプルーブシュの直下(ランナーの交点)には、必ず「スプルーロックピン」および「コールドスラグウェル(冷料溜まり)」を設けます。 Zピンなどのアンダーカット形状を持つロックピンは、スプルーランナーを可動側に確実に引きつける(固定側から引き抜く)役割も担っています。
7. 現場での保守とトラブルシューティング

スプルーブシュは消耗品です。定期的な点検と補修が金型寿命を延ばします。
① ノズルタッチ面のへたりと漏れ
成形機のノズルは、数トンの力でブシュに押し付けられています。 長期間使用すると、ブシュのR面が変形(へたり)したり、荒れたりして、樹脂漏れ(鼻たれ)が発生します。 漏れた樹脂が固まると、ノズルタッチの衝撃吸収ができなくなり、ノズルやブシュを破損させます。
- 対策: 定期的に光明丹(ブルーペースト)をノズルに塗布してタッチさせ、当たりを確認します。当たりが悪い場合は、専用のラップ工具(ダイヤモンドペースト)で球面を研磨修正します。
② スプルー詰まり(千切れ)
スプルーが抜けずに金型内に残る現象です。
- 原因: 冷却不足、テーパ不足、内面の傷(アンダーカット)、ノズル径とブシュ径の逆転。
- 対策:
- 冷却時間を延ばす。
- 内面を軸方向に磨く(円周方向の磨き目は抵抗になる)。
- 成形機のノズル径を確認し、ブシュ径より小さいことを再確認する。
- スプルーロックピンのアンダーカットを強化する。
③ 腐食と摩耗
ガスが発生しやすい樹脂(POM、PVCなど)や、難燃剤入りの樹脂を使用する場合、スプルーブシュ内面が腐食・摩耗します。
- 対策: 耐食耐摩耗性に優れた「粉末ハイス」や「超硬合金」製のブシュに変更する。またはTiNやCrNなどのPVDコーティングを施す。
8. ダイカスト金型における「鋳込みスリーブ」との違い

プレスのエンジニアが混同しやすいのが、ダイカスト金型の注入口です。 ダイカスト(アルミ鋳造)では、スプルーブシュに相当する部品は「射出スリーブ」と呼ばれます。
- スプルーブシュ(射出成形): ノズルがタッチする。樹脂が通る。
- 射出スリーブ(ダイカスト): プランジャーチップが内部を摺動する。溶湯アルミが注がれる。
ダイカストにも「スプルー(方案の一部)」はありますが、それは金型キャビティの一部として形成される円錐形状(分流子周辺)を指すことが多く、射出成形のスプルーブシュとは構造も役割も異なります。 しかし、「入り口で冷えた材料(コールドスラグ)を製品に入れない」という思想は共通しています。
9. まとめ:小さな部品に込められた技術の粋
スプルーブシュは、金型部品の中では標準品(カタログ品)として購入できる安価な部類に入ります。 しかし、その選定を安易に行うと、成形サイクル、材料歩留まり、稼働率といった工場の利益に直結する指標を悪化させます。
- ノズルRとブシュRの関係(R < R)を厳守し、樹脂漏れを防ぐ
- ノズル径とブシュ径の関係(d < D)を厳守し、アンダーカットを防ぐ
- 糸引きが発生する場合は、逆テーパ付きの防止タイプを検討する
- 消耗品として割り切り、定期的なR面研磨と交換を行う
たった一つの小さな穴ですが、そこには熱力学、流体力学、幾何学、そして現場の知恵が凝縮されています。 次に金型を見る際は、ぜひトッププレートの中央にあるスプルーブシュの輝きと、その内面の磨き込みに注目してみてください。その金型の品質レベルが、そこに表れているはずです。