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読書メモ:「國語讀本  髙等小學校用」 坪内雄藏

 

國語讀本 髙等小學校用

國語讀本 髙等小學校用

  • 作者:坪内 雄藏
  • 発売日: 2017/09/13
  • メディア: 単行本
 
明治33年9月に刊行された尋常小学校の国語教科書。その後文部省が国定教科書制度を施行した為、明治37年4月からは全国一律の教科書に変わってしまうが、制度の切り替わり直前に世に出た非常に題材が豊富で、詰め込みの知識偏重ではなく、読書の楽しさを子供たちに伝えることができる教本だった。巻1から8まであるが、4以降は特に内容が充実しており、現代の小学生の教科書よりレベルが高いと感じる。理科や社会といった科目が当時なかった影響か、国語でその内容をカバーしようとその方面の記述も多数出てくる。この時代から、既に諸外国への関心が高かったことに驚く。扱われる題材の中にはイソップ寓話「アリとセミ」や、ギリシャ神話のミダス王の触るものが皆黄金になる物語もある一方で、「鐡の物語」や「さざえのじまん」など物や他の生物を擬人化した物語なども多く、広範な題材をよくもまあこれだけ集めて編纂したと感嘆しする。 

 * 
 
以下、特に印象に残ったページの私的メモ。
 
巻1 (1頁目)
トリ。
 
 
巻2 第22
わたくしは、目や口は大きいが、背は低い。
わたくしには、手も足もない。
わたくしは、赤い着物を身が隠れるほどに頭からかぶっている。
足はないが、ことがってもすぐに立つ。
手はないが、投げられても倒れぬ。
みなさん、わたくしの名をご存知ですか?
 
 
巻3 第22課
「あほーカラス」
昔、一羽のカラスが孔雀という鳥の遊んでいる様子を見て、「世の中にはあのような美しい鳥もある。自分も一度はあんななりをしてみたい。」と羨ましく思いました。
そののち、このカラスは孔雀の落とした羽を拾い集めて、それを自分の身につけて孔雀の仲間へ入りました。
はじめは気がつかずにいましたが、ほどなく、孔雀どもがこの偽物を見つけました。
おのれ、憎いやつだ、と、くちばしを揃えてあほーカラスの付け羽をむしり取りました。
カラスはなくなく、元の巣に帰りましたが、友達のカラスもその仕業を憎んで、ただの一羽もあほーカラスの相手になるものがございませんでした。
 
 
巻4 第5課
「さざえの自慢」
大海の底に、鯛、カレイなど数多集まり居たり。
その時、さざえの云うよう「先日、お前らが大蟹に追いかけられ、慌てた格好は醜かった。これからは俺を見習い、常々用心なされ。こういう隠れ家を作っておけば、何物が来ても驚くことはない。と云う。
皆々、さざえの自慢を憎しと思えど、せん方なく、悔しさをこらえ居たり。
その時、ばさり、と音して、上より落ちくる物あり。
そりゃこそ、と、魚どもは皆々、うろたえて、逃げちりたり。
さざえのみは、騒がず、静かに、貝の中にひきこもり、内より蓋を閉めて、しばらく模様を伺い居たり。
やがて、そっと、蓋を開けてのぞき見るに、何となく様子変わりたり。
よくよく見れば、その身は、魚店のざるの中にありて、蓋の上には「このさざえ八厘」という商札さえ付きたり。
いつの間にか、売物となりたるなり。
 
 
巻5 第3課
「歌うたう子と大きな鬼」
お千代という子は、人形のような可愛らしい子でございました。
ある暖かな日、すみれやたんぽぽの花を摘んで、歌をうたっていました。
すると、どこからか大きな鬼が出て来て、いきなり、お千代を掴んで連れて行き、竹格子の付いた牢の中へ投げ込みました。
お千代は驚いて、泣き叫び、今さら父母に離れてひとりで遊びに出たことを悔やみましたが、取り返しがつきませぬ。
鬼は怖い顔をして、お千代のそばへ来て、「さー、さっきの通りに歌をうたえ」とせめます。
お千代は牢の片隅に小さくなって、泣いています。
「なぜ歌わぬ。歌わぬとこうだぞ」と言って、格子の間から棒を突き入れました。
「あれ、父様、母様、早う来てください」と大きな声をあげましたが、父母の耳へは届きませぬ。
よんどころなく、悲しい声をあげて、なくなく歌をうたいますと、鬼は面白そうに聞いております。
あー、可哀想なお千代でございます。
なんと、皆さん、野や山にいてさえずるきれいな小鳥は、ちょうどこのお千代ではないか。
それを捕らえて、籠に入れて、泣け泣けとせめる子は、ちょうどこの鬼ではないか。
 
 
巻6 第5課
「動物の職業」
人に様々の職業ある如く、虫や鳥にもいろいろの職業ありて、誰教えねどよくつとむ。
軒に巣をくうツバメは、手間賃を取らぬ左官ぞ。日曜日にも休まず。
蜜をつくる蜂は、生まれつきの製造者なり。暑中にもうまず。
蚕は、糸を紡ぐを業とす。見よ、蚕の棚は、一種の紡績所にあらずや。一匹の蚕の紡ぐ糸は、長さ、およそ五六町に及ぶ。三四千の蚕がことごとく繭とならば、その紡ぎ出す糸の量は、絹一反を織るに足るべし。
蜘蛛は、天然の織子とも見ゆれど、その織り出だす織物は、着物にはならで、ただ虫をとる網となるのみ。蜘蛛は、鳥獣を捕うる狩人にたとうべし。
蟻は、坑夫なり。鍬やツルハシを用いずして、巧みにトンネルをうがち、また折々土の塔を築く。
稀には蜂と同じく、一種の砂糖を製造す。
蛍は、一種の燈を灯す。種油をも、石油をも、ガスをも用いず、また電気燈のようなる機械をも持たねど、自ずと青き光を放ちて周囲を照らす。風吹くも消えず、雨降るも消えず、物を焼くこともなし。
鈴虫、松虫などは、秋の夜の楽隊にて、鶯、ヒバリ、コマドリなどは、春の日の楽隊なり。
その他の動物もそれぞれに職業あり。
何れも教えられず、習わずして、巧みなり。
人として、業なきは、虫けらにも恥ずべし。
 
※五六町・・・6,100メートル
 
 
巻6 第8課
「高橋東岡の妻」
高橋東岡は、貧しくて、大阪に住みし頃より天文学に志し、毎夜、屋根に出でて天文を調べけり。
妻も夫の心を汲みて、貧しき中にも、よくその志を助けたり。
東岡が家に、柿の大木ありて、秋毎によく実りぬ。
夫婦はそれを売りて暮らし向きの助けとせり。
或年の秋、近所の悪者ども、毎夜のように忍び入りて、実を盗みぬ。
東岡、これをこらさんとて、毎夜、天文を調ぶる傍ら、音すれば庭に降り立ちて、追いなどし、その心落ち着かざりき。
或日、外より帰りて見るに、意外にも、柿の木は根元より切り倒してあり。
東岡驚き、血眼になりて妻を呼び、訳を問えば、妻は静かに「柿は私が切らせたるなり。なまなかに、この木あるがため、御心ちりて、学問の邪魔となる。それゆえわざと切らせたり」と言う。
東岡げにも、と感じて、これより家事はすべて妻に任せ、己は一心不乱に天文学を修めければ、ついに秀でたる学者となりけり。