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読書メモ:『単純な脳、複雑な「私」』 池谷裕二

 

単純な脳、複雑な「私」 (ブルーバックス)

単純な脳、複雑な「私」 (ブルーバックス)

  • 作者:池谷 裕二
  • 発売日: 2013/09/05
  • メディア: 新書
 

受講を希望した高校生の中から抽選で選ばれた男子9名が春休み中の3日間で特別授業として受けた講義録に加筆修正したのが本書。10代の学生相手だが、話は相当にディープな部分まで入り込んでいくので大人も存分に楽しめる内容だ。色々と衝撃的な事柄が登場するが、自分が特に印象に残ったのは、ピンクの斑点、逆さメガネの世界にもやがて順応してしまって僕らが知覚している正しい世界って何なのかという話、指令よりも先に行動している話の3つだ。特に一番最後は衝撃で、何度も繰り返し読んだが未だに信じられない。おったまげである。まだまだ未知なことも多い分野だが、同時に相当に解明が進んでいる分野でもある。あとがきに著者のアウトリーチ活動に関する思いの吐露もあり、色々な意見や考えもある中、このような企画が実現し書籍化されて自分が読めたことは本当に幸運だと有り難く思う。背表紙にある竹内薫さんの紹介文「脳に関する本はあまたあるが、これだけ勉強になり、かつ遊べる本も珍しい」に自分も激しく同意する。

 

 *

 

以下、読書での私的メモ。

 

つまり、外界にピンク色が存在しているかどうか、あるいは、ピンク色が光波として網膜に届いているかどうかは、あまり重要なことではなくて、脳の中のピンク色担当のニューロンが活動するかどうかが、「存在」のあり方、存在するかどうかを決めているということになります。
哲学では「存在とは何ぞや」と、大まじめに考えていますが、大脳生理学的に答えるのであれば、存在とは「存在を感知する脳回路が活動すること」と、手短に落とし込んでしまって良いと思います。つまり私は「事実」と「真実」は違うんだということが言いたいのです。
脳の活動こそが事実、つまり、感覚世界のすべてであって、実際の世界、つまり「真実」については、脳は知り得ない、いや、脳にとっては知る必要さえなくて、「真実なんてどうでもいい」となるわけです。
 
 
だからこそ、ゲシュタルト群化原理が備わった人間が生き残ってきたのでしょう。ヒトはこの意味で、ゲシュタルト群化原理がものすごく発達した動物なんだと思う。
 
 
さて、なぜこのように「半分しか見ていない」なんて不思議なことが起こるんでしょうか。
それは脳が左右対称じゃないからなんです。形はほぼ左右対称ですよ。でも機能が違う。
左脳には、ウェルニッケ野やブローカ野などといって「言語野」がある。だから、言語は主に左脳がつかさどる。一方、「イメージ」や「映像」は右脳がつかさどる傾向が強い。
 
 
逆さメガネにもやがて慣れてしまう
 
 
僕らにいま見えている世界の「正しさ」って、一体何なんだろう?何が正しいのか、何が間違っているのかなんて、結局、脳にはもともとそんな基準なんてないんだよね。
僕らがいまここで、重要な結論を手にしたことに気づいてほしい。僕らにとって「正しい」という感覚を生み出すのは、単に「どれだけその世界に長くいたか」というだけのことなんだ。
 
 
記憶というと、脳の中に保管された文書が、コンピュータのデータのように、そっくりそのまま保管されるように考えている人もいるかもしれないけど、実はそんなことはない。すごく曖昧で柔らかい方法で貯えられているんだ。しかも、このふたつの例のように、記憶が呼び出されるときに、その内容が書き換わってしまうこともある。
つまり、情報はきちんと保管され、正確に読み出されるというよりも、記憶は積極的に再構築されるものだってこと。とりわけ、思い出すときに再構築されてしまうことがポイントだ。思い出すという行為によって記憶の内容は組み換わって新しいものになる。それがまた保管されて、そして次に思い出すときにもまた再構築されていく。
 
 
さらに考えさせられる話がある。おそらく脳は、「自分よりも”体の方が真実をわかっている”という、その事実」をきちんと認識していて、だから、自分の感情や状況の判断に、「体」の反応を参考にしているようなんだ。
 
 
それから、さっき、痛みを感じない患者さんの話をしたけど、そういう人は自分の痛みだけでなくて、他人の痛みもうまく理解できないこともわかっている。
だから「共感」もまた痛みの転用の結果だと言えるね。相手を思いやる温かい気持ちも「痛覚」から生まれるなんて、なんだかホントおもしろいよね。そうやって、僕らの「心」の働きは、動物たちが長い進化の過程でつくり上げてきた脳回路を巧妙に使い回して、その合わせ技の上に成立している。
 
 
実際、脳内回路を見ても、<におい>だけは特殊な回路になっている。情報の経路が違う。見たもの、聞いたもの、食べたもの、皮膚で感じたものは、同じ経路を通って大脳皮質に届く。脳の「視床」という場所を通る。視床は、大脳皮質に情報を受け渡す最終ゲートだ。
たとえば、睡眠中はこのゲートがほぼ閉じていて、感覚情報が大脳皮質に届かないようなしくみになっている。だから、僕らが眠りが妨げられなくてすむ。
でも、<におい>は例外で、視床を経由せず、そのまま大脳皮質に届けられる。だから、寝てる間も嗅覚は働いている。見たり聞いたりすることに関しては、寝ているときは感覚が低下するんだけど、<におい>は脳にきちんと届いているんだ。
 
 
自由を感じたるためには、少なくともこの3つの条件を満たしている必要がある。このうちひとつでも欠けたら、もはや「自由さ」を感じない。
1.自分の意図が行動結果と一致する
2.意図が行動よりも先にある
3.自分の意図のほかに原因となるものが見当たらない
 
 
そしてもうひとつ、この実験からわかることがある。「自由は、行動よりも前に存在するのではなくて、行動の結果もたらされるもの」ってことだ。これは大切なポイントだ。
普通の感覚だと、自由意志って、「行動する内容を自由に決められる」という感じで、あくまでも「行動の前に感じるもの」だと思いがちだけど、本当は逆で、自分の取った行動を見て、その行動が思い通りだったら、遡って自由意志を感じるんだね。結果が伴わない限り自由はない。
つまり、自由の発生順が逆なんだ。自由っていうと君らは「未来」に向かって開かれているような気がするでしょ?でも実際には、自由は「過去」に向かって感じるものだ。
 
 
回路の内部には自発活動があって、回路状態がふらふらとゆらいでいる。そして「入力」刺激を受けた回路は、その瞬間の「ゆらぎ」を取り込みつつ、「出力」している。つまり、
入力+ゆらぎ=出力
という計算を行うのが脳なんだ。となると「いつ入力が来るか」が、ものすごく大切だとも言えるよね。だって、その瞬間のゆらぎによって応答が決まってしまうんだから。結局、脳の出力はタイミングの問題になってくる。
 
 
普通のモデル、これを「順モデル」と言うんだけど、その場合は、筋肉をこう動かせば手がこう伸びる、つまり、原因があってそれに結果がついてくるモデルだ。「原因」の後に「結果」が来るでしょ。これは正しい順番だね。だから「順モデル」という。
一方、「逆モデル」の場合、結果をまず想定して、そこから逆算して筋肉をこう動かさなければいけないとする。「つかむ」という目的が先にあって、その後に「原因」をつくるから、因果の順番が反対になっているよね。だから「逆モデル」という。
(中略)
外部世界がすでに脳の中に経験として保存されていて、経験という「世界のコピー」を元に目標から計画を逆算している。それを世間では「予測」という。そういう予測を知らず知らずのうちに、経験に基づいて行なっている。
僕らの行動の大半は、過去の「学習」によって習得した「記憶」に基づいている。記憶を使ってつねに未来を読んでいる。
脳はいつも、未来を感じようと懸命に努力している。その結果として、「動いた」と感じてから、実際に「動く」というような奇妙な現象が生じているのだろうと思うんだ。
 
 
ノイズは邪魔者ではなくて、さまざまな場面で役に立つんだ。3つの役割とは、
1.効率よく正解に近づく(最適解への接近)
2.弱いシグナルを増幅する(確率共振)
3.創発のためのエネルギー源
 
 
「意図」とか「意志」とか、あるいは「生命っぽさ」というのは、本当にあらかじめそこに存在しているというよりは、意外と簡素なルール、数少ないルールの連鎖で創発されているだけであって、その最終結果を、僕らが単に崇高さを感じてしまっているだけだ、という気がしてこない?
 
 
だから、生命らしい特徴が垣間見えるときは、システムの素子が相応しい構造を持った回路でつながっているというのが前提にある。構造さえしっかりしていれば、後は簡単なルールを繰り返せば、自然と生命現象が創発される。
そして、このとき、駆動力となるのがノイズ。原子や分子などが生み出すノイズは、いわば無料のエネルギー源だよね。しかも無尽蔵。これを有効なエネルギーに変えるものこそが、効率のよい回路構造だ。だからこそ構造が機能を生み出すことができる。このことをぜひ忘れないでほしい。
あとついでに、もう一言いってしまうと、生命の柔らかさは、「構造」から「機能」が生まれるだけに留まらず、逆に「機能する」ことによって、「構造を書き換える」ことにもある。つまり、構造→機能だけでなく、機能→構造でもある。機能と構造の相互作用を通じて生物は環境に適応していく。
 
 
僕らヒトは、おそらく地球上で「有限」というものを理解している唯一の動物だと思う。
 
 
リカージョンをする集合体は必ず矛盾をはらんでしまう。どこかで論理破綻が生じる。そういう「矛盾からは絶対に逃れられない」っていう運命が、数学的に証明されてしまった。