
「電車やエアコンのインバータに使われるIGBTとは、いったいどんな部品なのか」
その正体を整理してくれるのが、本記事のテーマであるIGBTです。
IGBTは、大きな電力を高速でオンオフできるパワー半導体で、トランジスタとMOSFETの長所を組み合わせた構造を持っています。
インバータやコンバータの心臓部として、鉄道・電気自動車・産業機器など、大電力を扱うあらゆる場面で活躍しています。
本記事では、IGBTの構造と動作から、MOSFETやトランジスタとの違い、特徴、用途、使うときの注意点までを、図表を交えて体系的に解説します。
- 1. IGBTとは|大電力を操るパワー半導体
- 2. IGBTの構造と動作
- 3. MOSFETとの違い
- 4. バイポーラトランジスタとの違い
- 5. IGBTの特徴
- 6. IGBTの用途
- 7. IGBTを使うときの注意点
- まとめ
1. IGBTとは|大電力を操るパワー半導体
IGBTとは、大きな電力を高速でスイッチングできる半導体素子です。
パワーエレクトロニクスの主役として、電力変換の中核を担っています。
1-1. IGBTの役割
IGBTの基本的な役割は、大きな電力を高速にオンオフすることです。
モーターを回すインバータなどで、電流の流れを高速に切り替えます。
小さなゲート信号で、大きな電流を制御できるのがIGBTの強みです。
制御回路のわずかな信号で、何百アンペアもの電流を操れます。
この「小さな信号で大電力を操る」能力が、電力変換の要となります。
インバータやコンバータが高効率に動くのは、IGBTのスイッチング性能のおかげです。
つまりIGBTは、大電力を扱う電力変換器の心臓部だといえます。
身近な家電から鉄道まで、その活躍の場は非常に広いものです。
1-2. IGBTという名前の意味
IGBTは、Insulated Gate Bipolar Transistor の頭文字をとった名前です。
日本語では、絶縁ゲート型バイポーラトランジスタと訳されます。
「絶縁ゲート」は、MOSFETのように電圧でゲートを制御する部分を指します。
「バイポーラトランジスタ」は、大電流を流す出力部分の特性を指します。
つまり名前そのものが、2種類の素子を組み合わせた構造を表しています。
入力はMOSFET、出力はバイポーラ、というハイブリッドな素子なのです。
この名前を理解すれば、IGBTの本質が半分わかったといえます。
2つの素子の良いとこ取りをした、というのがIGBTの出発点です。
1-3. パワー半導体としての位置づけ
大きな電力を扱う半導体を、まとめてパワー半導体と呼びます。
ダイオード、MOSFET、サイリスタ、そしてIGBTなどがその仲間です。
IGBTは、中程度から大きな電力の領域で、最もよく使われるパワー半導体です。
数百ボルトから数千ボルト、数十から数百アンペアといった領域を得意とします。
より小電力ではMOSFET、より大電力ではサイリスタが使われる傾向があります。
IGBTは、その中間の広い領域をカバーする万能選手です。
この扱いやすい電力範囲の広さが、IGBTが普及した理由のひとつです。
多くの電力変換器が、IGBTを標準的なスイッチ素子として採用しています。
1-4. IGBTの登場とパワー半導体の進化
IGBTが実用化される前は、大電力のスイッチングは難しい課題でした。
バイポーラトランジスタは大電流を流せても制御に大きな電流が必要で、MOSFETは制御が楽でも大電力では損失が大きかったのです。
1980年代に登場したIGBTは、この2つの弱点を一気に解決しました。
電圧で手軽に制御でき、かつ大電力を低損失で扱えるという、理想的な特性を実現したのです。
これにより、インバータによるモーター制御が一気に普及しました。
エアコンや冷蔵庫の省エネ運転、鉄道や電気自動車の電動化は、IGBTの登場で加速しました。
IGBTは、パワーエレクトロニクスを大きく前進させた画期的な素子だといえます。
現代の電動化社会は、この素子の上に成り立っているといっても過言ではありません。
2. IGBTの構造と動作
IGBTがどのように大電力を制御するのか、その構造と動作を見ていきましょう。
鍵は、入力部と出力部の役割分担です。
2-1. IGBTの構造
IGBTは、入力側にMOSFET、出力側にバイポーラトランジスタを組み合わせた構造です。
3つの端子を持ち、ゲート・コレクタ・エミッタと呼ばれます。
ゲートが制御の入力で、コレクタとエミッタの間を大きな電流が流れます。
ゲートにかける電圧で、コレクタ電流のオンオフを制御します。
内部では、ゲート部分のMOSFETが、出力部分のバイポーラトランジスタを駆動します。
2段構えの構造によって、電圧制御と大電流の両立を実現しています。
2-2. IGBTの動作
ゲートに十分な電圧をかけると、IGBTはオンになり、コレクタからエミッタへ電流が流れます。
ゲート電圧を取り去ると、IGBTはオフになり、電流が止まります。
このオンオフを高速で繰り返すことで、電力をスイッチングします。
ゲートは電圧で制御するため、制御にほとんど電流を必要としません。
オンのときは、バイポーラトランジスタの特性で大きな電流を低い電圧降下で流せます。
大電流を効率よく流せることが、出力部にバイポーラを使う理由です。
2-3. 電圧駆動という利点
IGBTは、ゲートに電圧をかけるだけで制御できる電圧駆動の素子です。
ゲートが絶縁されているため、制御に流れる電流はごくわずかです。
これは、電流で制御するバイポーラトランジスタに対する大きな利点です。
バイポーラは大きなベース電流が必要でしたが、IGBTはそれが要りません。
制御回路の負担が小さいため、駆動回路を簡単に作れます。
電圧駆動の手軽さと、大電流を流せる能力を兼ね備えているのです。
3. MOSFETとの違い
IGBTとよく比較されるのが、同じ電圧駆動のMOSFETです。
両者の違いを理解することが、使い分けの鍵になります。
3-1. MOSFETとは
MOSFETは、電圧でゲートを制御するもう一つのパワー半導体です。
IGBTと同じく電圧駆動で、制御に電流をほとんど使いません。
MOSFETは非常に高速にスイッチングでき、小電力から中電力の領域を得意とします。
パソコンの電源や小型のDC-DCコンバータなどで広く使われています。
IGBTとMOSFETは、どちらも電圧駆動という共通点を持ちます。
違いは、得意とする電力の範囲とスイッチング速度にあります。
3-2. 電力範囲とスイッチング速度の違い
MOSFETは高速ですが、高電圧・大電流ではオン抵抗が大きくなり損失が増えます。
一方IGBTは、高電圧・大電流でも低い電圧降下で電流を流せます。
そのため、大きな電力を扱うほどIGBTが有利になります。
逆に、小電力で非常に高速なスイッチングが必要ならMOSFETが向きます。
スイッチング速度はMOSFETのほうが速く、IGBTはやや遅めです。
扱う電力の大きさと必要な速度のバランスで、どちらを使うかが決まります。
3-3. 使い分けの目安
おおまかには、高電圧・大電流の領域ではIGBT、低電圧・高速の領域ではMOSFETが選ばれます。
境目はおよそ数百ボルト・数十キロヘルツのあたりです。
鉄道や産業用インバータのような大電力では、IGBTが標準です。
一方、パソコン電源やスマホ充電器のような小電力では、MOSFETが主流です。
近年は両者の性能が向上し、適用範囲が一部重なってきています。
用途の電圧・電流・周波数を見て、最適な素子を選ぶことが大切です。
3-4. 次世代パワー半導体(SiC・GaN)
近年、IGBTやMOSFETに代わる次世代のパワー半導体が注目されています。
炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)といった新しい材料を使った素子です。
これらは、従来のシリコンより高い電圧に耐え、より高速かつ低損失でスイッチングできます。
同じ性能なら、より小型で高効率な電力変換器を作れます。
SiCは、すでに鉄道や電気自動車の一部で採用が進んでいます。
GaNは、小型で高効率な充電器などで使われ始めています。
ただし、コストや扱いの難しさから、現時点ではIGBTが依然として主役です。
今後、次世代素子とIGBTがそれぞれの得意領域で使い分けられていくと考えられます。
4. バイポーラトランジスタとの違い
IGBTの出力部は、バイポーラトランジスタの特性を持っています。
両者の関係を整理しておきましょう。
4-1. バイポーラトランジスタとの比較
従来のトランジスタ(バイポーラ)は、ベース電流で大きな電流を制御していました。
大電流を制御するには、それなりに大きなベース電流が必要でした。
IGBTは、この制御部分をMOSFETに置き換えることで、電圧制御にしました。
これにより、わずかな電力で大電流を制御できるようになりました。
出力の大電流を流す能力はバイポーラ譲り、制御の手軽さはMOSFET譲りです。
IGBTは、両者の弱点を補い合った進化形だといえます。
4-2. ハイブリッドな素子としてのIGBT
IGBTは、MOSFETの入力とバイポーラの出力を組み合わせたハイブリッド素子です。
電圧で手軽に制御でき、かつ大電流を低損失で流せます。
この組み合わせによって、大電力スイッチングの理想に近い特性が得られました。
純粋なバイポーラやMOSFET単体では難しかった領域を、IGBTがカバーします。
2つの素子の長所を1つにまとめたことが、IGBTの最大の発明です。
パワーエレクトロニクスの発展は、このIGBTの登場で大きく加速しました。
5. IGBTの特徴
IGBTの長所と短所を、具体的に見ていきましょう。
用途を考えるうえで欠かせない知識です。
5-1. 長所|高耐圧・大電流・低損失
IGBTの最大の長所は、高い電圧と大きな電流を扱えることです。
数千ボルト、数百アンペアという大電力を、1つの素子で制御できます。
しかも、オンのときの電圧降下が小さく、損失を抑えられます。
大電流を流しても発熱が少ないため、高効率な電力変換ができます。
電圧駆動で制御も手軽なため、大電力機器のスイッチ素子として理想的です。
高耐圧・大電流・低損失・電圧駆動という長所が、IGBTを主役にしています。
5-2. 短所|スイッチング速度
一方の短所は、MOSFETに比べてスイッチング速度がやや遅いことです。
オフになる際に、内部に残った電荷が抜けるのに少し時間がかかります。
このため、非常に高い周波数でのスイッチングには向きません。
超高速が必要な小電力用途では、MOSFETに譲ることになります。
とはいえ、大電力のインバータで使う数キロから数十キロヘルツの範囲では十分高速です。
用途に合った周波数の範囲で使えば、短所は問題になりません。
5-3. 還流ダイオードとの組み合わせ
IGBTは、モーターなどコイルを含む負荷を駆動することが多くあります。
コイルは電流を急に止めると高い逆起電力を生じるため、対策が必要です。
そこで、IGBTには還流ダイオードを逆並列に組み合わせて使います。
オフのときにコイルの電流をダイオードに逃がし、IGBTを保護します。
ダイオードの一方通行の性質を利用した、定番の保護構成です。
還流ダイオードの働きは、ダイオードの記事もあわせて参考になります。
5-4. IGBTの定格と選定
IGBTを選ぶときは、まず耐えられる電圧(コレクタ・エミッタ間電圧)を確認します。
回路にかかる最大電圧より、十分余裕のある耐圧の素子を選びます。
次に、流せる電流(コレクタ電流)の定格を確認します。
連続して流す電流だけでなく、始動時などの瞬間的な電流にも耐えられる必要があります。
さらに、スイッチング速度や損失の特性も、用途の周波数に合っているかを見ます。
これらの定格に余裕を持たせることが、信頼性の高い設計につながります。
大電力を扱うIGBTでは、定格ぎりぎりの使用は故障のリスクを高めます。
余裕を持った選定(ディレーティング)が、長く安全に使う基本です。
6. IGBTの用途
IGBTは、大電力を扱うさまざまな機器で活躍しています。
代表的な用途を見ていきましょう。
6-1. インバータ
IGBTの最も代表的な用途が、直流を交流に変えるインバータです。
IGBTを高速でオンオフし、PWM制御で交流の波形を作り出します。
モーターの回転速度を自在に変えるVVVF制御も、IGBTのスイッチングで実現されます。
エアコンや冷蔵庫のインバータ運転は、IGBTが支えています。
直流から自在な交流を作り出すこの能力が、IGBTの真価です。
省エネ運転の多くが、IGBTによるインバータ制御で実現されています。
6-2. 鉄道・電気自動車
鉄道車両のモーター制御にも、IGBTが広く使われています。
大きな電力を効率よく制御し、電車をなめらかに加減速させます。
電気自動車やハイブリッド車でも、モーターを駆動するインバータにIGBTが使われます。
バッテリーの直流を、駆動用モーターの交流に変換する重要な役割です。
大電力を高効率で扱えるIGBTは、電動化を支える基盤技術です。
乗り物の電動化が進むほど、IGBTの重要性は高まっています。
6-3. 産業機器と電力設備
工場の大型インバータや、溶接機、無停電電源装置などにもIGBTが使われます。
大きな電力を制御するこれらの機器で、スイッチ素子として活躍します。
さらに、太陽光発電のパワーコンディショナや、送電用の電力変換設備でも使われています。
再生可能エネルギーの普及に伴い、活躍の場はさらに広がっています。
大電力を扱う場面なら、ほぼどこにでもIGBTが入っているといえます。
産業から社会インフラまで、IGBTは幅広く電力変換を担っています。
6-4. モジュール化とIPM
IGBTは、複数の素子をまとめたモジュールとして提供されることが多くあります。
インバータに必要な複数のIGBTと還流ダイオードを、1つのパッケージに収めたものです。
さらに、駆動回路や保護回路まで内蔵したものを、インテリジェントパワーモジュール(IPM)と呼びます。
IPMを使えば、複雑なインバータを少ない部品で組み立てられます。
モジュール化は、機器の小型化と信頼性の向上に貢献しています。
家電のインバータ基板が小さくまとまっているのは、こうしたモジュールのおかげです。
6-5. 三相モーターの駆動
IGBTの代表的な使い方が、三相モーターを駆動するインバータです。
6個のIGBTを組み合わせ、3つの相それぞれにPWMで交流を作り出します。
各IGBTのオンオフのタイミングを制御することで、120度ずつずれた三相交流を合成します。
これにより、モーターを回す回転磁界を自在な周波数で作り出せます。
周波数を変えればモーターの回転速度を、電圧を変えればトルクを調整できます。
三相交流の仕組みは、以下の関連記事もあわせてご覧ください。
7. IGBTを使うときの注意点
IGBTを正しく安全に使うには、いくつかの注意点があります。
順に見ていきましょう。
7-1. ゲート駆動
IGBTを確実にオンオフするには、適切なゲート駆動が必要です。
ゲートに十分な電圧をかけ、素早く充放電して高速に切り替えます。
ゲートの駆動が不十分だと、オン抵抗が増えて発熱したり、誤動作したりします。
専用のゲートドライバ回路を使って、適切に駆動するのが基本です。
大電力を扱うだけに、ゲート駆動の良し悪しが性能と安全性を左右します。
IGBTの能力を引き出すには、駆動回路の設計が重要です。
7-2. 保護
IGBTは高価で重要な素子のため、過電流や過電圧から保護します。
短絡などで過大な電流が流れると、素子が一瞬で破損するためです。
過電流を検出して素早く遮断する保護回路が組み込まれます。
また、スイッチング時に生じる電圧の跳ね上がりを抑える対策も必要です。
これらの保護により、IGBTを安全に動作させられます。
大電力を扱うほど、保護の重要性は高まります。
7-3. 放熱
IGBTは大電流を扱うため、損失による発熱も大きくなります。
発生した熱を逃がすため、放熱器(ヒートシンク)に取り付けて使います。
大電力の機器では、ファンや水冷で積極的に冷やすこともあります。
温度が上がりすぎると、IGBTの性能が落ち、寿命も縮みます。
適切な放熱設計は、IGBTを長く安定して使うために欠かせません。
効率よく熱を逃がすことが、信頼性の高い電力変換器の条件です。
7-4. 故障モードと寿命
IGBTは、過大な電圧・電流や、温度の繰り返し変化によって劣化・故障します。
特に、オンオフのたびに生じる温度変化は、内部の接合部に少しずつダメージを蓄積させます。
この温度サイクルによる疲労が、IGBTの寿命を決める大きな要因です。
急激な温度変化を避け、安定した温度で使うことが長寿命につながります。
また、ゲートに過大な電圧をかけると、絶縁が破壊されて故障します。
ゲート電圧を規定の範囲内に保つことも、故障を防ぐうえで重要です。
大電力を扱う重要部品だけに、適切な使い方と監視が欠かせません。
定格内で使い、温度を管理することが、IGBTを長く安全に使う基本です。
まとめ
本記事では、大電力を操るパワー半導体「IGBT」について、構造と動作から、MOSFETやトランジスタとの違い、特徴、用途、使うときの注意点までを体系的に解説しました。
IGBTは、入力部にMOSFET、出力部にバイポーラトランジスタを組み合わせた素子で、電圧駆動の手軽さと大電流を流す能力を両立しています。
高電圧・大電流・低損失という長所から、インバータやコンバータの主役として、鉄道・電気自動車・産業機器で広く使われています。
MOSFETより大電力に強く、バイポーラより制御が手軽という、両者の長所を兼ね備えた点がIGBTの真価です。
IGBTは、電動化と省エネを支えるパワーエレクトロニクスの中核部品です。
還流ダイオードやゲート駆動とあわせて理解し、電力変換技術への理解を深めていってください。