
金属部品の劣化にはさまざまな形態がありますが、中でも厄介なのが「ピッティング腐食(孔食)」です。
一見すると小さな点状の腐食ですが、内部では深く進行し、最終的に部品破損や漏洩事故に至ることもあります。
特に製造業では、熱交換器、配管、タンク、機械部品などで見落とされやすい腐食形態です。
本記事では、ピッティング腐食の発生メカニズムから、検出・防止策、そして現場での実例までを詳しく解説します。
- ピッティング腐食とは
- ピッティング腐食の発生メカニズム
- ピッティング腐食が起きやすい環境と条件
- ピッティング腐食が問題となる業界と典型例
- ピッティング腐食の検出方法
- ピッティング腐食と他の腐食との違い
- ピッティング腐食の防止策
- まとめ:小さな点が大事故を招く
ピッティング腐食とは
ピッティング腐食(pitting corrosion)とは、金属表面にごく小さな孔(ピット)が局所的に発生し、内部へと深く進行していく腐食現象のことです。
日本語では「孔食」と呼ばれ、外観上は小さな点状の腐食に見えますが、内部では金属組織が深く侵食されており、破断や漏洩などの重大事故につながることがあります。
この腐食は特にステンレス鋼やアルミ合金など、「耐食性が高い」と思われている材料で発生しやすい点が特徴です。
通常、ステンレス鋼やアルミニウムのように「不働態皮膜(ふどうたいひまく)」と呼ばれる薄い酸化被膜が表面を保護しています。
しかし、この皮膜が部分的に破壊されると、その一点から急速に腐食が進行します。
腐食部は針で突いたような小さな穴(ピット)となり、見た目以上に深く侵食していることが多いのが特徴です。
特に塩化物イオン(Cl⁻)が存在する環境では発生しやすく、海岸地域や冷却水ラインなどで問題化します。
見た目には健全でも、内部では腐食が進んでいるケースが多いため、製造業やプラント業界では非常に警戒されています。
ピッティング腐食の発生メカニズム
ピッティング腐食は、金属表面の「不動態皮膜(passive film)」が局所的に破壊されることで発生します。
不動態皮膜とは、例えばステンレス鋼ではクロム酸化物(Cr₂O₃)が自然に形成され、酸化反応を抑える薄膜です。
この膜により、ステンレスは酸素や水などの腐食因子から守られ、一般的な酸性・中性環境下では長期間安定しています。
しかし、この不動態膜は万能ではなく、特定の環境や機械的影響により局所的に破壊されると、ピッティング腐食が発生します。
ピットの発生は、非常に小さな点から始まりますが、その後内部に向かって急速に進行するため、金属全体に広がる腐食よりも破断や漏洩などのリスクが高いことが特徴です。
1. 塩化物イオンの作用
ピッティング腐食の代表的原因は塩化物イオン(Cl⁻)です。塩化物イオンは、不動態膜の形成を妨げたり、既存膜を局所的に溶解させたりする性質があります。
局所的に膜が破壊されると、ピット内部では次のような電気化学反応が進行します。
アノード反応(ピット内部)
金属(FeやCr)が溶解して金属イオンとなる。
カソード反応(周囲の健全部位)
水や酸素が還元される。
この反応により、ピット内部は酸性化し、塩化物イオンの濃度も高くなります。
結果として、腐食速度は加速され、表面から深部へと孔が掘られていきます。
2. 局所電池による加速
ピッティング腐食では、ピット内部がアノード、その周囲の健全部がカソードとなる局所電池が形成されます。
これにより、局所的な電位差が生じ、ピット内の溶解速度はさらに加速されます。
特に、塩水や高温水の存在下では、この局所電池作用が強まり、浅い孔が一気に深くなることがあります。
3. 機械的・物理的要因
不動態膜の破壊には物理的要因も関与します。たとえば以下のケースです。
・溶接部や曲げ加工による表面の微細傷
・ブラスト処理や摩耗による表面凹凸
・配管内での砂粒・異物の接触
これらにより膜が不均一化し、局所的な弱点が形成されます。
この弱点が、ピッティング腐食の「発生点」となります。
4. 化学的要因の複合
ピットは単に塩化物イオンだけでなく、酸素供給の偏りやpH変動によっても進行が加速します。典型例は以下の通りです。
・酸素濃度の低い箇所:ガスケット裏やタンク底部など。酸素が少ないため膜が再生されにくく、ピットが深く進行。
・停滞水や濃縮水:蒸発や局所的停滞により塩分濃度が高くなる。
・温度上昇:高温下では膜の安定性が低下し、腐食反応が速まる。
これらの条件が重なると、わずか数ミリの孔が数週間で数十ミリの深さに進行することもあります。
ピッティング腐食が起きやすい環境と条件
ピッティング腐食は、環境条件が複雑に絡み合うことで発生します。特に注意すべきは以下のようなケースです。
・塩水飛沫のある屋外設置機器(例:海岸沿いの設備)
・塩素系薬剤を使う水処理装置や食品機械
・高温水を扱うボイラ,熱交換器
・自動車のアンダーボディ(融雪剤による塩害)
また、「停滞した水」や「酸素供給が制限される部位」も要注意。
流動がない部分では不動態膜の再生が遅れ、局所的な腐食が促進されます。
ピッティング腐食が問題となる業界と典型例
化学プラント業界
化学薬品を扱う配管やタンクは、塩化物イオンを含む液体や薬剤に常時接触します。
例えば、ステンレス製のNaCl水溶液配管では、表面の酸化被膜が局部的に破壊され、孔食が発生。最悪の場合、ピットが貫通して薬液漏れ事故に発展します。
特にSUS304などの一般的なオーステナイト系ステンレスは塩化物環境に弱く、SUS316(Mo含有)への変更で耐孔食性を向上させるのが一般的対策です。
食品・飲料業界
食品機械ではステンレスが多用されていますが、洗浄剤に含まれる塩素成分が皮膜を破壊し、ピッティング腐食を引き起こします。
たとえば、乳業設備の殺菌洗浄後のすすぎ不足が原因で、ピットが成長してバクテリアの潜伏箇所となるケースも報告されています。
外観では清潔に見えても、内部のピットから微生物が繁殖し、製品汚染に至るリスクがあるのです。
自動車・機械部品業界
自動車部品や産業機械のアルミ合金部材では、雨水や融雪剤に含まれる塩分が原因でピッティング腐食が発生します。
特にアルミ製の熱交換器フィンやブレーキ部品では、腐食による強度低下が致命的です。
一例として、アルミ製ラジエータの冷却水回路内でピットが成長し、冷却水漏れを起こす事などが考えられます。これによりエンジン過熱が発生し、高額な修理につながります。
ピッティング腐食の検出方法
ピッティング腐食は、その局部性ゆえに発見が非常に難しいのが特徴です。
初期段階では表面変色や光沢変化程度しか見られず、肉眼検査では見落としやすい傾向があります。
そのため、以下のような非破壊検査(NDT)が活用されます。
・浸透探傷試験(PT):表面開口部に赤や蛍光染料を浸透させ、ピットを可視化。
・超音波探傷試験(UT):内部に進行したピットの深さや位置を把握可能。
・電気化学的手法(EIS, Polarization):不働態皮膜の劣化を数値的に評価できる。
これらを定期的に実施することで、潜在的なピッティング腐食の早期発見が可能になります。
ピッティング腐食と他の腐食との違い
腐食の種類には多くありますが、ピッティング腐食はその局部性が他と大きく異なります。
| 腐食の種類 | 特徴 | 外観上の変化 | 主な原因 |
|---|---|---|---|
| 一般腐食 | 表面全体に均一に進行 | 全体的な変色や減肉 | 環境要因 |
| すきま腐食 | 接触部・隙間で発生 | 局部的な黒変 | 酸素濃度差 |
| 応力腐食割れ | 応力下で割れ進行 | ひび割れ状 | 塩化物・引張応力 |
| ピッティング腐食 | 点状に深く進行 | 小穴・ピット | 塩化物・皮膜破壊 |
腐食の種類には多くのパターンがありますが、ピッティング腐食は特に局所性が高く、発見が遅れやすい点で他の腐食と大きく異なります。
表面上はわずかな小穴や点状の痕跡しか見えないため、外観検査だけでは見逃されがちです。しかし、内部では金属が深く削られ、短期間で貫通孔や漏れを引き起こす可能性があります。
そのため、ピッティング腐食は「見た目よりもはるかに危険」とされ、定期的な非破壊検査や局所的な環境管理が不可欠です。
また、塩化物イオンや局所的な膜破壊などの条件が揃うと、腐食速度が急速に加速する点も特徴です。
ピッティング腐食の防止策
ピッティング腐食を完全に防ぐことは難しいものの、設計段階からの対策で大幅にリスクを低減できます。主な防止策は以下の3つです。
1. 材料選定の工夫
・耐孔食性指数(PREN)が高い材料(例:SUS316L、SUS317L、ハステロイなど)を採用
・アルミ合金ではCu含有量を減らし、耐食性を高める配合を選定
2. 表面処理・仕上げの最適化
・電解研磨や酸洗いにより、皮膜の均一性を向上
・研磨後にパッシベーション処理を行い、再酸化皮膜を形成
・溶接部では溶接後酸洗いを実施し、局部腐食の起点を除去
3. 環境管理と保全
・塩分を含む環境では定期洗浄を行い、表面の塩化物を除去
・冷却水ラインではpHやCl⁻濃度をモニタリングし、薬剤管理を徹底
・湿潤環境では乾燥・換気を確保し、結露を防ぐ
まとめ:小さな点が大事故を招く
ピッティング腐食は、発見が難しく進行も早いため、製造現場では「沈黙の腐食」とも呼ばれます。
特にステンレスやアルミなどの不働態金属を扱う製造業では、表面のわずかな傷や塩化物環境がトラブルの火種になります。
ポイント
・不働態皮膜の局部破壊が発端
・塩化物環境で発生しやすい
・外観検査だけでは発見困難
・材料選定・表面処理・環境管理で予防可能
小さなピットが、配管破裂や漏洩といった重大トラブルの引き金となる前に、適切な防止策を講じることが品質保証の鍵です。


