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残留応力とは?発生原因と測定方法をわかりやすく解説

溶接で繋いだはずの構造物が、何の外力も加わっていないのに突然ひび割れを起こす。
機械加工で仕上げた精密部品が、時間の経過とともに寸法が狂い始める。

こうした「目に見えないトラブル」の正体が残留応力です。

残留応力とは、加工や溶接などの製造工程を経た後に、外力を取り去っても材料内部に残り続ける応力のことです。
引張側に働けば疲労寿命の低下や応力腐食割れを誘発し、圧縮側に働けばむしろ強度を高める――その正負の顔を正しく理解することが設計者にとって不可欠です。

本記事では、残留応力の発生原因から溶接での詳細なメカニズム、測定方法、除去・低減対策、さらに数値予測の手法までを体系的に解説します。

 

1. 残留応力とは

残留応力とは、材料に対して溶接・塑性加工・熱処理などの工程を施した後、外力や温度勾配が存在しない状態であっても材料内部に残存する応力のことです。
英語では Residual Stress と呼ばれ、材料力学や構造設計において極めて重要な概念のひとつとなっています。

日常的な感覚では、「力を加えなければ応力はゼロ」と考えがちですが、製造工程で生じた局所的な塑性変形が元に戻れないまま内部に「閉じ込められる」ことで、外力ゼロでも応力が存在する状態が生まれます。
この閉じ込められた応力こそが残留応力であり、構造物の寿命や信頼性に大きな影響を与えます。

 

残留応力の定義と自己平衡条件

残留応力の最も本質的な特徴は、自己平衡しているという点にあります。
外力がゼロであるにもかかわらず応力が存在するため、部材断面の全体で見れば、引張と圧縮が互いに釣り合っていなければなりません。

これを数式で表すと、断面積 A にわたる力の平衡条件は次のようになります。

 

 \displaystyle\int_{A} \sigma_{\text{res}} \, dA = 0

 

同様に、モーメントの平衡条件も成立します。

 

 \displaystyle\int_{A} \sigma_{\text{res}} \cdot y \, dA = 0

 

つまり、ある箇所に大きな引張残留応力が存在すれば、必ず別の箇所に圧縮残留応力が存在しています。
この「力と曲げの両方がゼロ」という自己平衡の性質は、残留応力が局所的には非常に大きな値を取り得る一方で、部材全体としては見かけ上バランスしているという特徴を意味します。

自己平衡条件は、残留応力の測定結果を検証するうえでも重要な基準です。
測定で得られた応力分布が力とモーメントの両方でゼロに収束しなければ、測定精度に問題がある可能性があります。

 

引張残留応力と圧縮残留応力

残留応力は、その方向によって引張残留応力圧縮残留応力に大別されます。
この符号の違いが、構造物に対する影響を正反対にする重要な要因です。

引張残留応力は、材料表面を「引っ張る」方向に作用する応力です。
表面に微小な亀裂が存在した場合、引張残留応力がその亀裂を開く方向に作用するため、疲労破壊や応力腐食割れを促進する危険な存在です。
特に溶接部に生じる引張残留応力は、降伏応力に匹敵する大きさに達することがあり、設計上の重大なリスクとなります。

一方、圧縮残留応力は材料表面を「押し縮める」方向に作用します。
亀裂を閉じる方向に力が働くため、亀裂の発生と進展を効果的に抑制します。
この特性を積極的に利用しているのがショットピーニング処理で、小径の鋼球を表面に高速投射して圧縮残留応力を意図的に付与し、疲労強度を大幅に向上させます。

自動車のコイルばねやギア歯面、航空機のタービンブレードなど、繰返し荷重を受ける重要部品にショットピーニングが適用されているのは、この圧縮残留応力の恩恵によるものです。

 

残留応力と外力による応力の違い

残留応力と外力による応力は、どちらも材料内部に生じる応力である点では同じですが、その挙動は大きく異なります。

外力による応力は、荷重を取り除けば消失します。
たとえば引張試験で試験片に力を加えると応力が発生しますが、弾性域の範囲であれば力を抜けば応力はゼロに戻ります。

これに対して残留応力は、製造工程において局所的な塑性変形や相変態が生じた結果として内部に「閉じ込められた」応力です。
材料の一部を切り取って応力バランスを崩すか、熱処理で結晶格子を再配列しない限り、半永久的に内部に留まり続けます。

実際の構造物では、外力による応力と残留応力が重畳して作用します。
この重畳を式で表すと、次のようになります。

 

 \sigma_{\text{total}} = \sigma_{\text{ext}} + \sigma_{\text{res}}

 

この合計値が材料の降伏応力を超えれば塑性変形が発生し、引張強さを超えれば破断に至ります。
外力が許容範囲内であっても、残留応力の存在によって想定外の破壊が起こり得る点が、残留応力を無視できない最大の理由です。

実務的には、溶接構造物の設計において残留応力を明示的に計算に含めることは少なく、安全率の中に暗黙的に含めて処理するケースが一般的です。
ただし、疲労設計や応力腐食割れの評価では、残留応力の影響を定量的に考慮することが各種規格で要求されています。

 

2. 残留応力の発生原因

残留応力は、材料内部に不均一な塑性変形や相変態が生じたときに発生します。
製造工程のほぼすべてが残留応力の原因となり得ますが、代表的な発生源は大きく4つに分類できます。
それぞれの発生メカニズムを理解しておくことが、適切な対策を講じるための第一歩です。

 

溶接による残留応力

溶接は残留応力の最も代表的かつ深刻な発生源です。
溶接アークによって局所的に金属が溶融温度まで加熱され、周囲の低温部に拘束された状態で冷却・収縮するため、溶接線近傍には大きな引張残留応力が生じます。

溶接残留応力の大きさは溶接方法、入熱量、板厚、拘束条件などに依存しますが、溶接線方向の引張残留応力は材料の降伏応力に近い値に達することが広く知られています。
たとえば、軟鋼(SS400クラス)の突合せ溶接では、溶接ビード近傍で200〜300 MPaの引張残留応力が生じることが一般的です。

溶接残留応力が特に問題となるのは、化学プラントの圧力容器、橋梁の鋼桁、船舶の船殻、原子力発電所の配管など、長期間にわたって繰返し荷重や腐食環境にさらされる構造物です。
溶接残留応力の詳細なメカニズムについては、次章で掘り下げて解説します。

 

機械加工による残留応力

切削加工、研削加工、プレス加工など、機械的な力で材料を変形させる工程でも残留応力は発生します。
加工面の品質や部品の寸法精度に直接影響するため、精密加工の分野では特に注意が必要です。

切削加工では、工具と材料の接触面に大きなせん断力と摩擦熱が作用します。
表面近傍の薄い層だけが塑性変形を受け、その下の弾性域との境界で応力のミスマッチが生じるため、加工面直下に残留応力が分布します。

切削条件によって残留応力の符号が変わることも特徴的です。
送り速度が遅く切れ味の良い工具を使用した場合は圧縮残留応力が発生しやすく、摩耗した工具や高速送りでは摩擦熱の影響で引張残留応力が卓越する傾向があります。
これは、機械的な押し込み効果と熱的な膨張・収縮効果の競合によって説明されます。

研削加工では、砥粒による微小切削と研削熱の二重の効果が作用します。
とくに研削焼け(grinding burn)が生じた場合、急激な加熱と冷却により表面に大きな引張残留応力が発生し、材料の降伏応力を超える値に達することもあります。
研削焼けが生じた部品は疲労寿命が著しく低下するため、テンパーカラーの確認やバルクハウゼンノイズ法による検査が実施されることがあります。

プレス加工(曲げ、絞り、打抜きなど)では、塑性変形が意図的に大きく与えられるため、当然ながら成形後の部品には残留応力が存在します。
プレス成形品のスプリングバック(弾性回復による形状戻り)は、残留応力の解放に伴う現象の典型例です。

 

熱処理による残留応力

焼入れに代表される熱処理は、材料内部に大きな残留応力を発生させる工程です。
硬さや強度を向上させるために不可欠な処理ですが、その代償として残留応力が不可避的に生じます。

焼入れでは、高温(鋼の場合は800〜900℃程度)に加熱した材料を水や油で急冷します。
この急冷過程で、表面と内部の間に冷却速度の大きな差が生じます。

冷却初期では、表面は先に冷えて収縮しようとしますが、まだ高温で柔らかい内部がそれに追従できるため、この段階では大きな残留応力は発生しません。
しかし冷却が進むと、やがて表面が硬化して剛性を持ち始め、今度は内部の冷却・収縮を拘束する側に回ります。
この拘束によって、内部には引張応力が発生し、表面には圧縮応力が発生します。

さらに鋼材の場合、冷却過程でオーステナイトからマルテンサイトへの相変態が起こります。
マルテンサイト変態は約4%の体積膨張を伴うため、変態のタイミングが表面と内部で異なると、残留応力の分布はさらに複雑になります。

焼入れ後の鋼材では、変態による体積膨張の効果が熱収縮の効果を上回り、表面に圧縮残留応力、内部に引張残留応力が生じるケースが多く見られます。
この表面圧縮応力は耐摩耗性や疲労強度の面では好ましい効果をもたらしますが、内部の引張応力が過大になると焼割れ(quench cracking)の原因となるため注意が必要です。

 

鋳造・鍛造における残留応力

鋳造品では、溶湯が凝固・冷却する過程で、肉厚部と薄肉部の冷却速度差によって残留応力が発生します。
薄肉部が先に凝固して剛性を持ち、その後に凝固する肉厚部の収縮を拘束するため、肉厚部には引張、薄肉部には圧縮の残留応力が残ります。

鋳鉄製の工作機械ベッドや大型のバルブボディなどでは、鋳造残留応力による経年変形(エージング変形)が問題になることがあります。
これを防ぐために、鋳造後に応力除去焼なましを施すか、自然時効(数か月〜数年間放置して応力を緩和させる方法)が伝統的に行われてきました。

鍛造品では、材料の表面と内部で塑性変形量に差が生じるため、残留応力が発生します。
熱間鍛造後の自然冷却でも、焼入れほどではありませんが、冷却速度の不均一性によって残留応力が生じます。

いずれの工程でも、部品の形状が複雑であるほど冷却速度の不均一性が大きくなり、残留応力の分布も複雑になる傾向があります。
設計段階で肉厚の急激な変化を避け、均一な冷却が得られる形状にすることが、残留応力低減の基本的なアプローチです。

 

3. 溶接における残留応力の発生メカニズム

溶接は製造業で最も広く使われる接合技術ですが、同時に残留応力の最大の発生源でもあります。
ここでは溶接残留応力がなぜ・どのように発生するのか、そのメカニズムを定量的に掘り下げます。

 

局所加熱と冷却収縮のメカニズム

溶接残留応力の発生は、「局所加熱→膨張→拘束→冷却→収縮→引張応力」という一連のプロセスで説明できます。
この過程を3つのステップに分けて整理しましょう。

ステップ1:加熱と膨張
溶接アークが通過すると、溶接線近傍の金属は溶融温度(鋼の場合は約1,500℃)まで加熱されます。
加熱された領域は熱膨張しようとしますが、周囲の冷たい母材に拘束されているため、自由に膨張できません。

温度差による熱ひずみは次式で表されます。

 

 \varepsilon_{\text{th}} = \alpha \cdot \Delta T

 

ここで、αは線膨張係数、ΔTは温度変化量です。
軟鋼の線膨張係数は約  12 \times 10^{-6} /℃ですので、数百℃の温度差が生じれば相当な熱ひずみが発生することが分かります。

ステップ2:塑性ひずみの蓄積
膨張が拘束されると、加熱部には圧縮の応力が生じます。
完全に拘束された場合の熱応力は、ヤング率 E を用いて次のように計算されます。

 

 \sigma_{\text{th}} = E \cdot \alpha \cdot \Delta T

 

具体的な数値で確認してみましょう。
軟鋼(E = 206 GPa、α = 12×10-6 /℃)で温度差 ΔT = 200℃ の場合は次のようになります。

 

 \sigma_{\text{th}} = 206 \times 10^{3} \times 12 \times 10^{-6} \times 200 \approx 494 \, \text{MPa}

 

この値は軟鋼の降伏応力(約250〜350 MPa)を大きく超えています。
したがって、実際には降伏応力を超えた分が塑性変形として蓄積されます。
この塑性変形(圧縮塑性ひずみ)が、冷却後に残留応力を生む根源です。

ステップ3:冷却と引張残留応力の発生
溶接部が冷却されると金属は収縮しようとしますが、加熱中に蓄積された圧縮塑性ひずみの分だけ「縮み足りない」状態になります。
つまり、塑性的に伸ばされた分だけ周囲から引っ張られる形になり、溶接部には引張残留応力が発生します。

この引張力と平衡するように、溶接線から離れた領域には圧縮残留応力が分布します。
溶接残留応力の最大値は概ね材料の降伏応力程度となり、これが溶接構造物の設計において残留応力を無視できない理由です。

 

溶接残留応力の分布パターン

突合せ溶接継手における残留応力の典型的な分布パターンを理解することは、設計上の判断に欠かせません。

溶接線方向(縦方向)の残留応力は、溶接線に沿った方向に作用する成分です。
溶接線の直上とその近傍では、降伏応力に近い大きな引張残留応力が発生します。
溶接線から離れるにつれて引張応力は減少し、やがてゼロを横切って圧縮残留応力に転じます。
さらに離れた母材部では応力はゼロに漸近していきます。

この分布を近似的に表す経験式として、次のような関数形がよく用いられます。

 

 \sigma_x(y) = \sigma_Y \left(1 - \dfrac{y^2}{b^2}\right) \exp\left(-\dfrac{y^2}{2b^2}\right)

 

ここで y は溶接線からの距離、b は残留応力の分布幅を表すパラメータ(概ね熱影響部の幅に対応)です。
この式は溶接線上(y = 0)で最大引張応力をとり、距離 b 付近で圧縮に転じるという典型的なパターンを再現しています。

溶接線直角方向(横方向)の残留応力は、溶接線と直交する方向に作用する成分です。
一般に縦方向の残留応力より小さく、拘束条件によっては引張にも圧縮にもなります。
板の端部では自由端となるため横方向応力は小さくなり、板の中央部では拘束が強いため比較的大きな値を示す傾向があります。

厚板の多層盛り溶接では、板厚方向にも残留応力が存在します。
各パスの入熱による加熱・冷却サイクルが繰返されるため、板厚方向の分布は非常に複雑になります。

 

溶接条件が残留応力に与える影響

溶接残留応力の大きさと分布は、さまざまな溶接条件に影響されます。
設計者が条件選定にあたって知っておくべきポイントを整理します。

入熱量は最も大きな影響因子のひとつです。
溶接入熱量 Q は、溶接電流 I、アーク電圧 V、溶接速度 v から次の式で計算されます。

 

 Q = \dfrac{\eta \cdot I \cdot V}{v}

 

ここで η はアーク効率(TIG溶接で約0.5〜0.8、被覆アーク溶接で約0.7〜0.9、CO2溶接で約0.8〜0.9)です。
入熱量が大きいほど高温に加熱される範囲(熱影響部)が広がり、残留応力が分布する領域も拡大します。

ただし、溶接残留応力の最大値は材料の降伏応力でほぼ決まるため、入熱量を変えてもピーク値自体はあまり変化しません。
入熱量が影響するのは、主に高い引張残留応力が存在する「範囲の広さ」です。
したがって、入熱量を低く抑えることは残留応力の影響範囲を狭める効果があります。

板厚も重要な因子です。
厚板になるほど板厚方向の温度勾配が大きくなり、板厚方向にも複雑な残留応力分布が生じます。
また、厚板の拘束度は薄板に比べて高いため、残留応力も大きくなる傾向があります。

予熱と後熱は残留応力を低減するための重要な手段です。
溶接前に母材を予熱することで、溶接部と母材の温度差を小さくし、冷却時の収縮量を減らすことができます。
一般に、予熱温度100〜250℃を適用することで、残留応力を20〜30%程度低減できるとされています。

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4. 残留応力が構造物に与える影響

残留応力は目に見えない内部応力ですが、構造物の性能や寿命に極めて大きな影響を及ぼします。
その影響は単に「危険」なだけでなく、適切にコントロールすれば「有利に働く」ケースもあります。
ここでは代表的な3つの影響について、そのメカニズムと実務上の注意点を解説します。

 

疲労強度への影響

残留応力が構造物に与える最も深刻な影響のひとつが、疲労強度の低下です。
橋梁、自動車部品、航空機構造など、繰返し荷重を受ける部材の設計では、残留応力の影響を無視できません。

繰返し荷重を受ける部材の疲労寿命は、平均応力の影響を強く受けます。
引張の平均応力が大きいほど疲労限度は低下し、圧縮の平均応力があれば疲労限度は向上するという関係が知られています。

引張残留応力が存在する部位では、外力による繰返し応力に残留応力が上乗せされ、実効的な平均応力が増大します。
修正グッドマン線図を用いた疲労設計条件は、残留応力を考慮して次のように表されます。

 

 \dfrac{\sigma_a}{\sigma_w} + \dfrac{\sigma_m + \sigma_{\text{res}}}{\sigma_B} \leq 1

 

ここで、σa は応力振幅、σw は疲労限度、σm は外力による平均応力、σres は残留応力、σB は引張強さです。

この式から分かるように、引張残留応力が存在すると、許容される応力振幅が小さくなります。
たとえば、引張強さ 400 MPa の軟鋼で、残留応力が 200 MPa 存在する場合、許容応力振幅は残留応力がない場合の約半分にまで低下します。

逆に、ショットピーニングなどで表面に圧縮残留応力を付与すれば、実効的な平均応力が低下し、疲労強度を向上させることができます。
圧縮残留応力の付与による疲労寿命の改善は、数倍から数十倍に達することもあります。

 

応力腐食割れとの関係

引張残留応力は、応力腐食割れ(SCC: Stress Corrosion Cracking)の三大要因のひとつです。
SCCは「引張応力」「腐食環境」「感受性のある材料」の3条件が同時に揃ったときに発生する危険な破壊現象で、予兆なく突発的に進行することが多いため、特に注意が必要です。

ここでいう「引張応力」には、外力による応力だけでなく残留応力も含まれます。
溶接構造物では、溶接残留応力が降伏応力に近い大きな引張値を示すため、外力がゼロの状態でも腐食環境にさらされればSCCが発生するリスクがあります。

SCCの代表的な事例としては、以下のようなものが知られています。

  • ステンレス鋼の溶接部における塩化物SCCが、化学プラントの配管で多数報告されています
  • 高張力鋼の溶接継手が水素脆化型SCCによって破壊した橋梁の事例があります
  • 原子力発電所のステンレス配管溶接部で粒界型SCCが問題となりました

SCC対策としては、残留応力そのものを低減する方法(応力除去焼なまし、ピーニング処理)が最も直接的です。
加えて、耐SCC性に優れた材料の選定や、腐食環境の制御(温度管理、塩化物濃度の低減など)も重要な対策です。

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寸法精度・変形への影響

残留応力は部品の寸法安定性にも重大な影響を与えます。
精密機械加工の分野では、加工後の変形が公差外れの原因となるため、残留応力の管理が不可欠です。

残留応力が存在する部材に対して機械加工を行うと、材料の一部を除去することで内部の応力バランスが崩れ、新たな平衡状態に達するまで部材が変形します。
これが「加工後に反りが出る」「真円度が悪化する」「平面度が基準を超える」といったトラブルの正体です。

たとえば、引張残留応力が片面に集中した板材を半分の厚さまで切削加工すると、応力バランスの崩壊によって板が湾曲します。
精密加工が要求される部品(工作機械のベッドや主軸、半導体製造装置の精密テーブルなど)では、以下のような対策が一般的に行われています。

  • 粗加工→応力除去焼なまし→中仕上げ→再焼なまし→仕上げ加工という多段階工程を採用する
  • 加工取り代を均等にして片面だけの応力バランス崩壊を防ぐ
  • 加工後に自然時効(数週間〜数か月の放置)を行い、応力の緩和を待ってから最終仕上げを施す

溶接構造物では、残留応力による溶接変形(角変形、縦収縮、横収縮、座屈変形など)が不可避です。
横収縮量の簡易推定式として、次のような経験式がよく用いられます。

 

 \delta_\perp \approx 0.2 \cdot \dfrac{A_w}{t}

 

ここで δ は横収縮量(mm)、Aw は溶着断面積(mm2)、t は板厚(mm)です。
この式から分かるように、溶着量が大きく板厚が薄いほど収縮量は大きくなります。

設計段階では、これらの変形量を予測し、逆ひずみ(あらかじめ反対方向に変形させておく対策)や拘束治具の設計に反映させることが実務上重要です。

 

5. 残留応力の測定方法

残留応力は外力のように直接測定器に表示される量ではなく、間接的な手法でしか測ることができません。
測定方法は大きく「非破壊的方法」と「破壊的方法(半破壊含む)」に分類されます。
ここでは代表的な測定手法の原理と特徴を解説します。

 

X線回折法

X線回折法は、残留応力の非破壊測定において最も広く使用されている標準的な手法です。
JIS B 2711(X線応力測定方法)やASTM E2860などの規格で測定手順が標準化されており、産業界で最も実績のある方法です。

結晶材料にX線を照射すると、結晶格子面で回折が起こります。
この回折条件はブラッグの法則で記述されます。

 

 2d \sin\theta = n\lambda

 

ここで d は格子面間隔、θは回折角、λはX線の波長、n は回折次数です。

残留応力が存在すると結晶格子が伸縮するため、格子面間隔 d が無応力状態の値 d0 から変化します。
この変化をX線回折角 2θ のシフトとして検出し、ひずみを算出します。

 

 \varepsilon = \dfrac{d - d_0}{d_0}

 

実際の残留応力測定では、sin²ψ法と呼ばれる手法が標準的に用いられます。
試料表面の法線に対して角度 ψ を複数段階に変えながらX線回折を行い、回折角 2θ と sin²ψ の関係(理想的には直線関係)から表面応力を算出します。

 

 \sigma_\phi = -\dfrac{E}{2(1+\nu)} \cdot \cot\theta_0 \cdot \dfrac{\partial(2\theta)}{\partial(\sin^2\psi)}

 

ここで E はヤング率、ν はポアソン比、θ0 は無応力時の回折角です。
この式の右辺の最後の項(2θ と sin²ψ の傾き)がX線測定で実際に求める量であり、傾きが大きいほど残留応力が大きいことを意味します。

X線回折法のメリットとデメリットを整理しておきましょう。

メリットとして、非破壊で測定できること、測定精度が高い(一般に±20〜30 MPa)こと、測定領域が小さい(直径1〜2 mm程度のスポットサイズ)ため局所的な応力分布を把握できることが挙げられます。

デメリットとしては、X線の侵入深さが金属表面から数十μm程度に限られるため表面近傍の応力しか測定できないこと、アモルファス材料や粗粒材料では回折ピークが得られにくいこと、装置が比較的高価であることが挙げられます。

近年では、cosα法と呼ばれるポータブルな測定装置も普及しています。
cosα法は二次元検出器(イメージングプレート)を使用し、1回のX線照射でデバイ環全体を記録して残留応力を算出できるため、現場での迅速な測定に適しています。
測定時間はsin²ψ法の数分に対して、cosα法では数十秒で完了します。

 

穴あけ法(ひずみゲージ法)

穴あけ法は、半破壊的な残留応力測定法として広く用いられています。
ASTM E837で標準化されており、X線回折法と並んで産業界での利用実績が豊富な方法です。

測定原理は、材料の一部を除去することで解放されるひずみを測定し、逆算によって残留応力を求めるというシンプルなものです。

具体的な手順は次のとおりです。

  • 測定点にロゼット型ひずみゲージ(3方向測定用の特殊なゲージ)を接着する
  • ゲージの中心に小径(通常1.8 mm程度)の穴を、高速エアタービンドリルで段階的に掘り進める
  • 各深さステップ(通常0.05〜0.13 mm間隔)でのひずみ解放量を記録する
  • 各深さの増分ひずみから、深さ方向の残留応力分布を算出する

穴あけ法で得られる応力は、3方向のひずみから最大・最小主応力とその方向を算出する形で表されます。
均一応力場を仮定した場合の計算式は次のようになります。

 

 \sigma_{\text{max}}, \sigma_{\text{min}} = \dfrac{\varepsilon_1 + \varepsilon_3}{4A} \pm \dfrac{1}{4B}\sqrt{(\varepsilon_1 - \varepsilon_3)^2 + (\varepsilon_1 + \varepsilon_3 - 2\varepsilon_2)^2}

 

ここで ε1, ε2, ε3 は3方向のひずみ解放量、A と B は穴の径・深さと弾性定数に依存する校正係数です。

穴あけ法の最大のメリットは、X線回折法では困難な深さ方向の残留応力分布が得られることです。
測定深さは約2 mmまで到達可能で、表面処理層(ショットピーニング層、浸炭層など)の残留応力分布を把握するのに適しています。

デメリットとしては、穴を開ける必要があるため完全な非破壊法ではないことと、穴の加工精度(偏心や底面の平坦度)が測定結果に影響することが挙げられます。

 

その他の測定方法

X線回折法と穴あけ法以外にも、目的や対象に応じた多様な測定手法が開発されています。

中性子回折法は、X線の代わりに中性子線を使用する方法です。
中性子線はX線に比べて金属への侵入深さがはるかに大きく(鋼で数十mmに達する)、材料内部の三次元的な残留応力分布を非破壊で測定できる唯一の方法です。
ただし、原子炉や大型加速器施設でしか中性子線を生成できないため、利用できる機会は限定的です。
日本ではJ-PARC(大強度陽子加速器施設)やJRR-3(研究用原子炉)などで測定サービスが提供されています。

超音波法は、超音波の伝搬速度が応力によって微小に変化する「音弾性効果」を利用した測定法です。
応力が存在すると材料の弾性定数がわずかに変化するため、超音波の伝搬時間を精密に測定することで応力を推定します。
装置が比較的安価でポータブルなものもあり、現場での簡易測定に適していますが、測定精度はX線回折法に比べると劣ります。

磁気法(バルクハウゼンノイズ法)は、強磁性体の磁化過程で発生するバルクハウゼンノイズ(磁壁の不連続移動による微小な電気信号)が応力に依存する性質を利用した方法です。
非破壊かつ数秒で測定が完了するため、製造ラインでの全数検査に適しています。
研削焼けの検出やショットピーニングの品質管理に実用化されている例が多数あります。
ただし、適用できる材料がフェライト系・マルテンサイト系の鉄鋼材料に限られ、オーステナイト系ステンレス鋼やアルミニウム合金には使用できません。

 

測定方法 分類 測定深さ 精度 適用範囲
X線回折法 非破壊 表面〜数十μm ±20〜30 MPa 結晶材料全般
穴あけ法 半破壊 〜2 mm程度 ±30〜50 MPa 材料を問わない
中性子回折法 非破壊 数十mm ±20〜30 MPa 大型施設が必要
超音波法 非破壊 材料全体 ±50 MPa以上 現場向き
磁気法 非破壊 表面〜数百μm 相対比較向き 強磁性体のみ

 

6. 残留応力の除去・低減方法

有害な残留応力(特に引張残留応力)を除去または低減する方法は複数存在します。
構造物の大きさ、材質、要求される品質レベル、コストなどに応じて最適な方法を選択することが重要です。

 

応力除去焼なまし(SR処理)

応力除去焼なまし(Stress Relief annealing、通称SR処理、PWHT: Post Weld Heat Treatment とも呼ばれる)は、残留応力の除去方法として最も確実かつ広く普及している熱処理法です。

材料を一定温度まで加熱し、その温度で十分な時間保持した後、徐冷することで内部の残留応力を緩和させます。
高温保持中に材料のクリープ変形(時間依存の塑性変形)が進行し、応力が徐々に解放されるのがメカニズムです。

炭素鋼・低合金鋼の場合、一般的なSR処理の条件は次のとおりです。

  • 保持温度:580〜650℃(変態点Ac1以下)
  • 保持時間:板厚25 mmあたり1時間(最低30分)
  • 昇温速度:200℃/h以下(厚板では板厚に応じてさらに低速)
  • 冷却速度:300℃以下まで炉冷、以降は大気放冷可

適切な条件でSR処理を行えば、残留応力を元の値の70〜90%除去できます。
JIS B 8285やASME Section VIII(圧力容器)、AWS D1.1(鋼構造物溶接規格)などでは、板厚や材質に応じたSR処理が義務付けられています。

クリープによる残留応力の緩和挙動は、次のようなNorton-Bailey型の式で記述されます。

 

 \dot{\varepsilon}_c = A \cdot \sigma^n \cdot \exp\left(-\dfrac{Q}{RT}\right)

 

この式から、温度 T が高いほど(指数関数の値が大きくなるため)、また残留応力が大きいほど(σn が大きくなるため)クリープ変形が促進され、応力緩和が速く進むことが分かります。
つまり、大きな残留応力ほど優先的に緩和されるという、実務上ありがたい特性を持っています。

SR処理の注意点としては、大型構造物の場合に炉のサイズ制約がある点、処理後の冷却速度管理が不十分だと新たな残留応力が発生する点、そしてステンレス鋼では粒界腐食感受性を高めてしまう温度域がある点に留意が必要です。

 

ショットピーニング

ショットピーニングは、小径の鋼球(ショット)を高速で材料表面に投射し、表面層に圧縮残留応力を付与する表面処理技術です。
残留応力を「除去」するのではなく、有害な引張残留応力を有益な圧縮残留応力に「置き換える」というアプローチが特徴的です。

ショットが表面に衝突すると、衝突点の直下に局所的な塑性変形が生じます。
表面層が塑性的に伸ばされようとするのに対し、変形していない内部がそれを拘束するため、表面には圧縮残留応力が発生します。

ショットピーニングの処理強さはアルメン強度で管理されます。
アルメン強度とは、規格化されたアルメンストリップ(薄い鋼板テストピース)の片面にショットを投射したときの曲がり量(アーク高さ)で定義される指標です。
アルメンストリップにはA, N, Cの3タイプがあり、Aタイプが最も一般的で、インチ単位で表記されます(例:0.006A〜0.020A)。

ショットピーニングのカバレージ(被覆率)C は、統計的に次の式で表されます。

 

 C = 1 - \exp\left(-\dfrac{n \cdot A_p}{A}\right)

 

品質管理上は、カバレージ98%以上(すなわちフルカバレージ)を達成することが基準とされています。
フルカバレージの状態から投射時間を2倍にした条件が「200%カバレージ」と呼ばれ、より確実な処理を保証するために用いられます。

ショットピーニングによる圧縮残留応力は、処理条件にもよりますが、一般的に以下のような値を示します。

  • 表面の圧縮残留応力:-300〜-800 MPa(材料の降伏応力の50〜80%程度)
  • 最大圧縮深さ:表面から0.05〜0.1 mm
  • 圧縮層深さ:0.1〜0.5 mm(ショット径と投射速度に依存)

この薄い圧縮層が、疲労き裂の発生と初期進展を効果的に抑制します。
自動車のコイルばね、変速機のギア歯面、航空機のランディングギア部品など、高い疲労信頼性が求められる部品に広く適用されています。

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その他の除去・低減方法

応力除去焼なましとショットピーニング以外にも、さまざまな方法が実用化されています。
それぞれに適した用途と制約があるため、状況に応じた使い分けが重要です。

振動応力除去法(VSR: Vibratory Stress Relief)は、構造物を加振器で振動させることで残留応力を低減する方法です。
構造物の固有振動数付近で加振し、残留応力と振動応力の合計が局所的に降伏応力を超えることで微小な塑性変形を引き起こし、残留応力を再分配します。
大型構造物で炉に入れられない場合や、熱処理による材質変化を避けたい場合に有効ですが、残留応力の低減効果はSR処理に比べると限定的で、20〜40%程度の低減にとどまることが多いです。

ピーニング溶接(ハンマーピーニング)は、溶接直後の高温状態の溶接ビード表面をハンマーやニードルガンで叩いて塑性変形させ、引張残留応力を圧縮方向に変換する方法です。
特別な設備が不要で現場で実施できるため、造船や橋梁工事で古くから用いられてきました。
近年では、超音波衝撃処理(UIT: Ultrasonic Impact Treatment)という派生技術も開発されています。

レーザーピーニングは、高出力パルスレーザーの照射によってプラズマ衝撃波を発生させ、材料表面に圧縮残留応力を付与する先進的な技術です。
ショットピーニングよりも深い位置(1 mm以上)まで圧縮残留応力を導入でき、かつ表面粗さの悪化が少ないという利点があります。
航空機のタービンディスク、原子力配管の溶接部などハイエンドな用途で適用が進んでいます。

設計段階での対策も忘れてはなりません。
残留応力は事後的に除去するよりも、そもそも発生を最小限に抑えるほうが合理的です。
溶接設計においては、継手数の最小化、溶接量の低減(低入熱溶接法の選択)、適切な溶接順序の設定、予熱・後熱の適用、そして溶接線を応力集中部から離すといった対策が基本となります。

 

7. 残留応力の計算と数値予測

残留応力を製造前に予測することは、設計段階での最適化や対策検討に不可欠です。
計算手法は、厳密な数値解析から設計初期段階で使える簡易推定式まで、さまざまなレベルがあります。

 

熱弾塑性解析(FEM)

溶接残留応力を最も精度よく予測する方法は、有限要素法(FEM)による熱弾塑性解析です。
溶接プロセスの物理現象を忠実にモデル化し、残留応力と変形の両方を計算で求めることができます。

解析は通常、2段階のステップで構成されます。
第1段階は熱伝導解析で、溶接アークの移動熱源モデル(ガウス分布やゴールダック楕円体モデルなど)を用いて、溶接部の時刻歴温度分布を計算します。
第2段階は弾塑性構造解析で、得られた温度場を熱荷重として入力し、溶接中から冷却完了までの応力・ひずみの推移を追跡します。

弾塑性解析の基本的な枠組みとして、全ひずみを各成分に分解する式が重要です。

 

 \varepsilon_{\text{total}} = \varepsilon_e + \varepsilon_p + \varepsilon_{\text{th}} + \varepsilon_{\text{tr}}

 

右辺の各項はそれぞれ弾性ひずみ、塑性ひずみ、熱ひずみ、相変態ひずみを表しています。
弾性ひずみと応力の関係は応力-ひずみ曲線に基づくフックの法則に従い、塑性ひずみの発展はミーゼスの降伏条件と関連流動則に基づいて計算されます。

温度依存の材料特性(ヤング率、降伏応力、線膨張係数、熱伝導率など)を正確に入力することが、解析精度を左右する最大のポイントです。
特に高温域(600℃以上)での降伏応力の急激な低下と、相変態温度近傍での物性変化を適切にモデル化する必要があります。

熱弾塑性解析は精度が高い反面、計算コストが非常に大きいという課題があります。
3次元の大規模モデルでは1ケースの計算に数時間から数日を要することも珍しくありません。
このため、設計の初期段階では次に述べる固有ひずみ法や簡易式が併用されることが多いです。

 

固有ひずみ法

固有ひずみ法は、溶接残留応力と変形の効率的な予測手法として、日本の造船分野を中心に発展してきた方法です。

固有ひずみとは、弾性ひずみ以外のひずみ成分の総称であり、次のように定義されます。

 

 \varepsilon^* = \varepsilon_{\text{total}} - \varepsilon_e = \varepsilon_p + \varepsilon_{\text{th}} + \varepsilon_{\text{tr}}

 

固有ひずみ法の基本的なアイデアは、「固有ひずみの分布さえ分かれば、残留応力は弾性解析で求められる」というものです。
固有ひずみの分布は、簡易的な熱弾塑性解析(2次元断面解析など)、実験データベース、または経験式から推定します。
それを3次元FEMモデルに初期ひずみとして入力し、弾性解析を行うだけで残留応力と溶接変形を同時に得ることができます。

熱弾塑性解析と比較した最大のメリットは、計算時間が圧倒的に短いことです。
弾性解析のみで済むため、大型構造物のモデルであっても数分〜数十分で結果が得られます。
造船所では船殻ブロック全体の溶接変形予測に、自動車メーカーでは車体骨格の溶接変形解析に、固有ひずみ法が実用的に使用されています。

一方で、固有ひずみの分布を正確に推定するためには、同種の溶接条件に対する事前の知見や解析データが必要であり、全く新しい溶接条件に対しては精度が保証されないという制約もあります。

 

設計段階で使える簡易推定

設計の概念段階では、厳密な数値解析を実施する前に、残留応力のオーダーを把握しておくことが有用です。

溶接残留応力に関する最も基本的な知見は、「溶接線方向の最大引張残留応力は、概ね材料の降伏応力に等しい」というものです。
つまり、材料の機械的性質が分かれば、残留応力のピーク値は概算で求まります。

溶接による縦収縮力 F を簡易的に推定する式として、次のような関係がよく用いられます。

 

 F \approx 0.2 \cdot \sigma_Y \cdot A_{\text{tz}}

 

ここで Atz は引張降伏域の断面積です。
この縦収縮力と部材の断面特性(断面積、断面二次モーメント)から、溶接変形量(縦収縮・曲がり変形)のオーダーも推定できます。

簡易推定はあくまでオーダーの把握を目的とするものであり、定量的な精度には限界があります。
しかし、設計初期に「この溶接継手では残留応力がどの程度か」「変形は許容範囲に収まりそうか」といった判断を迅速に行うためには十分な実用性があります。
概算結果に基づいて、詳細な数値解析が必要かどうか、応力除去処理が必要かどうかの判断を効率的に進めることができます。

 

8. まとめ

本記事では、残留応力の基本概念から発生原因、溶接における詳細なメカニズム、構造物への影響、測定方法、除去・低減対策、そして計算・予測手法まで体系的に解説しました。

残留応力とは、外力がない状態でも材料内部に残存する応力であり、自己平衡の条件(力とモーメントがともにゼロ)を満たしています。
その発生源は溶接、機械加工、熱処理、鋳造・鍛造など多岐にわたり、ほぼすべての製造工程が残留応力を生む可能性を持っています。

特に溶接残留応力は、局所加熱→膨張→拘束→冷却→収縮という一連のメカニズムによって降伏応力に近い引張残留応力が生じるため、構造物の信頼性に直結する重要課題です。
引張残留応力は疲労寿命の低下、応力腐食割れの促進、寸法精度の悪化を引き起こす一方、圧縮残留応力はショットピーニングに代表されるように疲労強度の向上に積極活用できます。

測定にはX線回折法(sin²ψ法・cosα法)が標準的に用いられ、穴あけ法は深さ方向の分布把握に、中性子回折法は材料内部の三次元分布測定に適しています。
除去方法としては応力除去焼なまし(SR処理/PWHT)が最も確実であり、各種圧力容器規格で義務付けられています。

設計者にとって重要なのは、残留応力を「避けるべき厄介者」としてだけ捉えるのではなく、圧縮残留応力のように「活用できる武器」としても理解することです。
材料力学の基本に立ち返りながら、製造工程まで含めた総合的な設計判断を行うことが、信頼性の高い構造物の実現に繋がります。