
ISO9001やIATF16949の審査において、審査員から「このプロセスのタートル図を見せてください」と言われ、焦った経験はないでしょうか。
タートル図は、単なる「審査のための提出書類」ではありません。
正しく活用すれば、自社の製造プロセスに潜むリスクをあぶり出し、「誰が、何を使い、どのような方法で、何を目指して仕事をしているか」を一目で可視化できる強力なマネジメントツールとなります。
本記事では、タートル図の基本的な定義から、審査をクリアするための具体的な書き方、製造現場での活用事例、そして陥りやすい失敗パターンまでを網羅的に解説します。
「形だけの運用」から脱却し、プロセスアプローチを真に実践するためのノウハウを習得しましょう。
- タートル図(Turtle Diagram)とは何か?
- タートル図を作成する目的とメリット
- 【実践編】タートル図の具体的な書き方・手順
- IATF16949で求められる「リスク分析」の追加
- プロセスの種類とタートル図:COP, SP, MPの深い関係
- タートル図運用の「失敗あるある」と対策
- まとめ
タートル図(Turtle Diagram)とは何か?

タートル図とは、一つの業務プロセスを「頭、尻尾、4本の手足」を持つ亀(タートル)のような形状で図式化し、プロセスの構成要素を整理・分析するためのツールです。
主に品質マネジメントシステム(ISO9001)や、自動車産業向けの品質規格(IATF16949)において、「プロセスアプローチ」を具現化する手法として標準的に使用されています。
なぜ「亀」なのか?その構造的意味
タートル図は、中央に「プロセス(活動)」を置き、その周囲に以下の6つの要素を配置した形状をしています。
これを俯瞰すると、亀が手足を広げた形に見えることからその名がつきました。
1. プロセス(甲羅・中央)
分析の対象となる業務活動そのもの。
(例:プレス加工、設計開発、教育訓練など)
2. インプット(頭・左)
そのプロセスを開始するために必要な情報やモノ。
(例:材料、注文書、図面)
3. アウトプット(尻尾・右)
そのプロセスの結果として生み出される成果物。
(例:完成品、検査成績書、廃棄物)
4. 資源・設備(左下の足):With What?
「何を使って」行うか。
(例:製造装置、測定器、ソフトウェア、インフラ)
5. 要員・力量(右下の足):With Whom?
「誰が」行うか。
(例:作業者、検査員、必要な資格やスキル)
6. 方法・手順(左上の足):How?
「どのような方法で」行うか。
(例:作業標準書、規定、管理計画書)
7. 指標・目標(右上の足):How much?
「どのくらい」達成できたか、どう評価するか。
(例:KPI、不良率、稼働率、納期遵守率)
プロセスアプローチの可視化
ISO規格が求める「プロセスアプローチ」とは、仕事を「部署ごと」の縦割りで見るのではなく、「インプットからアウトプットへの変換の流れ」として捉える考え方です。
タートル図を描くことは、まさにこの変換プロセスを構成する「4M(Man, Machine, Material, Method)」と「評価指標」を漏れなく定義することに他なりません。
これにより、前工程(インプットの供給元)と後工程(アウトプットの受取先)との繋がりが明確になり、組織全体の連携ミスを防ぐことができます。
タートル図を作成する目的とメリット

多くの企業が「審査で要求されるから」という理由だけでタートル図を作成していますが、それではあまりに勿体ないと言わざるを得ません。
本質的な目的とメリットを理解することで、運用の質が変わります。
1. リスクの顕在化と予防処置
タートル図を作成する過程で、「もしこの設備が故障したら?」「もし担当者が急に休んだら?」という問いかけを行います。
各要素(足)に記載されたリソースや手順が不足している場合、それがそのまま「プロセスリスク」となります。
タートル図は、業務を開始する前に潜在的な欠陥を発見し、手を打つための「リスクアセスメントシート」としての役割を果たします。
2. 内部監査・外部審査の効率化
審査員は、タートル図を見ればそのプロセスの全体像を一瞬で把握できます。
「このプロセスにはどのような資格が必要ですか?」
「その資格を持った人が作業している証拠(記録)を見せてください」
といった具合に、タートル図の各要素をなぞるだけで、論理的かつ漏れのない監査が可能になります。
受審側としても、質問されるポイントがタートル図に書かれていること(リソース、手順、力量など)に限定されるため、準備がしやすくなります。
3. 新入社員教育への活用
業務マニュアルや手順書は膨大なページ数になりがちですが、タートル図はA4一枚でその仕事の全体像を表現しています。
新入社員や異動者に対して、「あなたの仕事はここ(プロセス)で、これを使って(設備)、こういうルールで(手順)、これを目指して(目標)やってください」と説明するのに最適な教育資料となります。
【実践編】タートル図の具体的な書き方・手順
では、実際にタートル図を作成する手順をステップバイステップで解説します。
ここでは、製造業における一般的な「製造プロセス(プレス加工)」を例に挙げます。
Step 1:プロセスのオーナーと範囲を決める
まず、誰が責任を持つ何のプロセスなのかを明確にします。
範囲が広すぎると(例:「製造部」全体)、要素が抽象的になりすぎて役に立ちません。
逆に狭すぎると(例:「スイッチを押す作業」)、枚数が膨大になります。
一般的には、「課」や「係」単位、あるいは「工程群(プレス工程、溶接工程など)」単位で区切るのが適切です。
Step 2:インプットとアウトプットを定義する(頭と尻尾)
プロセスの「入口」と「出口」を定義します。
ここでのポイントは、モノだけでなく「情報」も含めることです。
インプット(入口)
・材料:コイル材、潤滑油
・情報:製造指図書、図面、金型交換指示
・資源:前工程からの仕掛品
アウトプット(出口)
・製品:プレス加工済み部品
・情報:作業日報、検査データ
・廃棄物:スクラップ、廃油
Step 3:使用する資源・設備を挙げる(左下の足:With What?)
プロセスを実行するために必要なハードウェアを列挙します。
単に「設備」と書くのではなく、管理すべき対象を具体的に書きます。
・150t サーボプレス機(No.1, No.2)
・順送金型(型番管理)
・ノギス、マイクロメーター(校正済み)
・フォークリフト
・工場建屋(照明、空調などのインフラ)
Step 4:必要な要員と力量を挙げる(右下の足:With Whom?)
どのようなスキルを持った人が行うべきかを定義します。
個人名ではなく、「資格」や「役割」で記載します。
・プレス作業有資格者(動力プレス機械特別教育修了者)
・社内認定検査員(レベル2以上)
・金型保全担当者
・フォークリフト運転技能講習修了者
Step 5:方法・手順・ルールを挙げる(左上の足:How?)
作業を行うための基準類を紐付けます。
文書番号まで記載しておくと、監査時の検索性が高まります。
・QC工程表(CP-001)
・プレス作業標準書(WI-PRS-001)
・設備点検要領書
・異常処置規定
・限度見本
Step 6:評価指標・KPIを決める(右上の足:How much?)
プロセスが有効に機能しているかを測る「物差し」を決めます。
具体的で測定可能な数値目標が望ましいです。
・工程内不良率(目標:0.1%以下)
・設備稼働率(目標:85%以上)
・生産計画達成率(目標:100%)
・段取り替え時間(目標:15分以内)
IATF16949で求められる「リスク分析」の追加
自動車産業向けのIATF16949規格では、従来のタートル図に加え、そのプロセスに関連する「リスク」と「機会」の分析が強く求められます。
最新のタートル図では、7番目の要素として「リスク」欄を設けるのが一般的です。
プロセスのリスクとは?
4本の手足(4M)のどこかが欠けた、または機能しなかった場合に起こりうる最悪の事態を想定します。
設備のリスク
・プレスの突発故障による納期遅延
・金型破損による大量不良の発生
要員のリスク
・熟練作業者の退職による技能低下
・新人による誤操作(ポカミス)
方法のリスク
・作業標準の改訂漏れによる旧仕様での生産
これらのリスクに対し、「予備品を持つ」「多能工化を進める」「ポカヨケを設置する」といった対策が講じられているかどうかが、審査の最重要ポイントとなります。
プロセスの種類とタートル図:COP, SP, MPの深い関係
ISO9001やIATF16949の「プロセスアプローチ」を真に理解するためには、組織内のあらゆる業務がどの「プロセスの種類」に該当するかを分類・把握することが不可欠です。
組織内の業務は、その役割と顧客との距離によって「COP」「SP」「MP」の3つに大別されます。タートル図を作成する際は、対象プロセスがどのカテゴリーに属するかを強く意識することで、設定すべきインプット・アウトプットやKPIが劇的に明確になります。
1. 顧客指向プロセス(COP: Customer Oriented Processes)
【役割】企業の売上と顧客満足に直結する
COPは、外部の顧客からの要求(インプット)を起点とし、最終的に顧客へ価値(アウトプット)を提供する、企業の心臓部となるプロセスです。別名「コアプロセス」とも呼ばれます。
・具体例: 営業(引き合い・受注)、製品設計、製造、出荷、アフターサービス
・タートル図作成のポイント: COPのタートル図では、「顧客が何を求めているか」がすべての基準になります。右上の足(KPI)には、納入不良率、納期遵守率、顧客クレーム件数など、直接的に「顧客満足度」を測る指標を設定する必要があります。
2. 支援プロセス(SP: Support Processes)
【役割】COPが円滑に機能するためのインフラ・リソースの供給
SPは、直接顧客と接することはありませんが、COPを裏から支える必要不可欠なプロセスです。SPが滞れば、たちまちCOP(製造や営業)がストップしてしまいます。
・具体例: 設備保全、購買(サプライヤー管理)、人事・教育訓練、計測機器管理、ITシステム管理
・タートル図作成のポイント: SPにとっての顧客は、社内の他部門(主にCOP)になります。例えば「設備保全プロセス」のアウトプットは「故障なく稼働する設備」であり、その受け取り手は「製造プロセス(COP)」です。KPIには、社内クレーム件数、設備MTBF(平均故障間隔)、教育計画達成率など、内部の支援品質を測る指標を設定します。
3. マネジメントプロセス(MP: Management Processes)
【役割】組織全体の方針決定、監視、継続的改善を指揮する舵取り
MPは、経営層や管理層が主体となり、COPとSPが目標通りに機能しているかを監視し、必要な経営資源を配分し、システム全体の方向性を決定するプロセスです。
・具体例: 経営レビュー、事業計画策定、内部監査、是正・予防処置、継続的改善
・タートル図作成のポイント: MPのインプットは「COPやSPから上がってくる実績データや課題」であり、アウトプットは「改善指示、経営判断、予算承認」などになります。KPIには、事業目標の達成率や、監査での不適合指摘件数、改善提案の実行率など、組織全体のマネジメントの健全性を示す指標を設定します。
【重要】3つのプロセスは連動している
審査員は個々のタートル図単体だけでなく、「プロセスの繋がり(相互関係)」を必ずチェックします。
MPが方針を示し、SPが人や設備という資源を提供し、それを使ってCOPが顧客へ製品を届ける。この3つのプロセスが網の目のように連携している状態(タコ足モデルとも呼ばれます)を、各タートル図のインプット・アウトプットで論理的に証明できるかどうかが、審査攻略の最大の鍵となります。
タートル図運用の「失敗あるある」と対策

せっかく作成したタートル図が、現場で活用されず形骸化してしまうケースには、共通の特徴があります。
失敗1:記載内容が抽象的すぎる
「資源」の欄に「設備一式」、「要員」の欄に「担当者」とだけ書いてあるタートル図です。
これでは何のリスクも洗い出せません。
「〇〇号機」「溶接技能士2級」など、特定できるレベルまで具体化する必要があります。
失敗2:インプットとアウトプットが繋がっていない
インプットに「材料」が入っているのに、アウトプットに「製品」がなく「日報」しか出てこない、といったねじれ現象です。
プロセスは変換機能であるため、入ったモノは何らかの形で加工・変換されて出てこなければなりません。
失敗3:KPIの計算式が定義されていない
指標として「生産性向上」と書いてあっても、何をどう計算するかが曖昧なケースです。
例えば「可動率」なのか「稼働率」なのかによって、意味は全く異なります。
タートル図には、以下のように数式を明記するか、定義書への参照をつけるべきです。
設備総合効率(OEE) = 時間稼働率 × 性能稼働率 × 良品率
失敗4:更新されていない
数年前に作ったきりで、現在の設備構成や組織体制と合っていないケースです。
審査員は現場を見てからタートル図を確認するため、不整合は即座に見抜かれます。
工程変更や組織変更のタイミングで、必ずタートル図も見直すルールが必要です。
まとめ
タートル図は、複雑な業務プロセスを「見える化」し、組織の弱点(リスク)を補強するための羅針盤です。
ISO/IATFの審査対策として作成されがちですが、その真価は日常の管理と改善にあります。
・プロセスを6つの要素(4M+I/O)+ リスクで分解する。
・「誰が」「何を」「どうやって」を具体的に定義し、曖昧さを排除する。
・顧客指向(COP)、支援(SP)、マネジメント(MP)の役割を明確にする。
・作成して終わりにせず、リスク分析や新人教育のツールとして使い倒す。
正しく描かれたタートル図があれば、品質トラブルが起きた際も、「4本の足」のどれが折れたのかを即座に特定し、迅速な再発防止に繋げることができるはずです。