
製造業の現場では、金属部品の破断や漏れ事故がしばしば発生します。
その中でも「応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking、SCC)」は、高温や塩分を含む環境下で、見た目には異常がない金属が突然破断する現象として知られています。
本記事では、SCCの基本原理から発生条件、代表的な実例、さらに対策方法まで網羅的に解説します。
- 応力腐食割れ(SCC)の基礎知識
- 応力とは何か?
- 応力集中とSCC
- SCCが発生しやすい金属と環境の組み合わせ
- 実際の製造現場でのSCC事例
- SCCの進展メカニズム
- SCCを防止する設計・製造上の対策
- SCCの非破壊検査の具体的手法
- 製造業におけるSCCリスクのまとめ
- まとめ
応力腐食割れ(SCC)の基礎知識
応力腐食割れとは、金属材料が引張応力と特定環境の化学的作用の両方を受けることで、亀裂が発生・進展し破断に至る現象です。
通常の疲労破壊や腐食とは異なり、外見からは亀裂が見えにくく、予兆なしに破断する場合が多いことが特徴です。
応力腐食割れ(SCC)の発生条件
1. 高応力環境
設計応力を超える引張応力や、組立・溶接時に残留した応力が原因でSCCが発生しやすくなります。
特にボルト締結部や曲げ加工部などでは応力集中が生じ、表面の微小欠陥から亀裂が発生することがあります。
2. 化学的腐食環境
塩化物イオンや酸性溶液など、腐食性の強い化学環境が金属表面に作用すると、局部腐食が発生し亀裂が進展します。
特に高温水や塩分を含む環境では、亀裂内部で腐食反応が促進され、破断に至るリスクが高まります。
3. 材料特性
オーステナイト系ステンレス鋼やアルミ合金など、特定の金属はSCCに対して感受性が高い傾向があります。
加工硬化や溶接による組織変化が割れの進行を助長することがあり、材料選定や処理方法が重要となります。
ポイント:SCCは応力単独、または腐食環境単独では発生しにくく、応力 × 化学環境の相乗作用で進行します。
応力とは何か?
製造業の現場で「応力」という言葉は頻繁に出てきますが、SCC対策を考える上では正確に理解することが重要です。
応力(Stress)とは、材料や部品に力が加わったときに内部に生じる力の分布のことを指します。単位は通常、MPa(メガパスカル)が用いられます。
応力の種類と特徴
1. 引張応力(Tensile Stress)
・材料を引き伸ばす方向の力
・ボルトの締め付けや配管の曲げ部で局所的に高くなることが多い
・SCCの発生に最も関係が深い
2. 圧縮応力(Compressive Stress)
・材料を押し潰す方向の力
・一般的にはSCC発生リスクは低いが、局部的な塑性変形で欠陥を誘発することがある
3. せん断応力(Shear Stress)
・材料内の層がすべるように力を受ける状態
・溶接部や溶接端部の突合せ部分で局所的に発生しやすい
応力集中とSCC
SCCは応力集中が発生する箇所で特に進行しやすいです。たとえば、
・配管の曲げ部やフランジボルト穴の周囲
・溶接継手やナットのねじ部
・表面に傷や刻印がある部分
これらの箇所では、見た目には小さな欠陥でも、局所的に引張応力が集中してSCCの亀裂核生成の引き金になります。
現場での注意: ボルト締結や配管支持具の取り付けで過剰応力をかけないことが、SCC防止の基本です。
SCCが発生しやすい金属と環境の組み合わせ
代表的な組み合わせを整理すると、以下の通りです。
| 金属・合金 | 代表的環境 | 備考 |
|---|---|---|
| オーステナイト系ステンレス鋼 | 塩素イオンを含む水溶液、高温蒸気 | ボルトや配管で多発 |
| 黄銅・青銅 | アンモニア含有環境 | 装置内部の配管で注意 |
| アルミニウム合金 | 海水・塩分環境 | 船舶・海洋設備で発生 |
製造現場での注意点としては、SCCは材料自体の耐食性が高くても、特定の環境条件下で応力が集中する箇所に発生しやすい点です。
たとえば配管やボルトでは締結トルクや曲げ部による局所応力が加わり、溶接部や熱影響部では金属組織の不均一化が起こるため亀裂の起点となります。
また、海水や塩素含有水、アンモニアなど腐食性の高い環境では、表面の微小な傷や加工痕がSCC進展の引き金となることがあります。
したがって、現場では材料選定だけでなく、応力低減、表面処理、定期的な非破壊検査の組み合わせによる予防が重要です。
実際の製造現場でのSCC事例
ステンレス配管のSCC破断
・事例: 食品加工工場の蒸気配管
・材料: SUS304
・環境: 高温(約120℃)、塩分含有の洗浄水
・結果: 配管のフランジ部から亀裂が進行、最終的に蒸気漏れ発生
・原因: フランジ締結トルク過多により局部応力が発生、塩素イオンを含む洗浄水が亀裂進展を促進
ボルトの破断
・事例: 化学プラント内の熱交換器固定ボルト
・材料: オーステナイトステンレス鋼(SUS316)
・環境: 高温水、塩素系洗浄剤の影響
・結果: ボルトが突然破断し、熱交換器が一時停止
・原因: ボルト締め付け応力と腐食性化学物質の複合作用
海洋構造物のアルミ合金SCC
・事例: 船舶のアルミ製舷窓枠
・材料: アルミニウム合金
・環境: 海水による塩化物応力
・結果: フレームに亀裂が発生し、船体内部に浸水
・原因: 塩分による局部腐食+航海中の振動応力
これらの事例から、SCCは見た目では判断が難しく、日常的な点検だけでは発見しにくいことがわかります。
SCCの進展メカニズム
SCCは通常の腐食や疲労とは異なる独特のメカニズムで進展します。
1. 亀裂核生成
金属表面の傷や溶接部の微小欠陥、鋭角部分などに応力が集中することで、最初の微小な亀裂が形成されます。
この段階では外観上ほとんど異常が見られないことが多く、SCCの発生の引き金となります。
2. 亀裂進展
生成された亀裂は応力と腐食環境の影響で内部に向かって拡大します。
亀裂先端では局所的な塑性変形や腐食反応が起こり、亀裂の進行速度が加速します。
塩化物などの腐食性イオンが亀裂内部に集まることで、進展がさらに促進されます。
3. 破断
亀裂が臨界長に達すると、材料は外力に耐えられず突然破断します。
SCCによる破断は外観上の予兆が少なく、通常の使用中に急に発生するため、事前の非破壊検査や応力管理が不可欠です。
ポイント: SCCは表面から進行する微小亀裂が、内部に向かって急速に広がるため、突然破断に見えるケースが多い。
SCCを防止する設計・製造上の対策
SCCのリスクは設計段階や製造・保守工程で軽減可能です。代表的な対策を整理します。
1. 応力低減の工夫
・ボルトやナットの締め付けトルク管理を徹底
・溶接部や曲げ部の応力集中を避ける設計
・高応力部位に応力緩和処理(熱処理、ショットピーニング)
2. 材料選定の工夫
・SUS316や高耐食合金の使用
・アルミ・銅合金は適切な表面処理(陽極酸化、メッキ)
・海水環境ではステンレス鋼に加え、耐SCC添加元素を検討
3. 環境管理
・塩素・アンモニア・硫化物など腐食性物質の除去
・高温水や蒸気配管では水質管理(脱塩、pH調整)
・化学洗浄後は迅速に乾燥・洗浄液除去
4. 保全・点検の工夫
・非破壊検査(浸透探傷試験、磁粉探傷試験)
・定期的なボルト・配管の目視点検
・SCCが発生しやすい箇所は重点管理箇所に設定
SCCの非破壊検査の具体的手法
SCCは外観からはほとんど確認できないことが多く、非破壊検査(NDT:Non-Destructive Testing)による早期発見が重要です。
代表的な手法を現場視点で紹介します。
1. 浸透探傷試験(PT:Penetrant Testing)
・原理: 表面に浸透液(赤色や蛍光色)を塗布し、微小亀裂に浸透させる → 過剰液を拭き取り → 現像剤で亀裂を浮かび上がらせる
・特徴:
・表面亀裂の検出に特化
・ボルトのねじ部や配管表面の微細亀裂を発見可能
・適用事例: ステンレス配管のフランジ部の亀裂検査、機械部品の表面仕上げ後の品質確認
2. 磁粉探傷試験(MT:Magnetic Particle Testing)
・原理: 磁性材料に磁界をかけ、表面や表面近くの亀裂に磁粉が集まることで可視化
・特徴:
・鉄鋼部品の表面・近傍亀裂検出に有効
・ボルトや鋼製フランジ、溶接部の欠陥確認に適用
・適用事例: 化学プラントのSUS鋼ボルト(鉄鋼強化材を用いたタイプ)や溶接継手のSCC検査
3. 超音波探傷試験(UT:Ultrasonic Testing)
・原理: 超音波を材料内部に入射 → 亀裂や空洞で反射する信号を解析して内部欠陥を検出
・特徴:
・内部亀裂の検出に最適
・表面下数mm以上の亀裂やボイドも検知可能
・適用事例: 配管内部のSCC進展や厚肉部品の内部亀裂、船舶・圧力容器の定期検査
実務ポイント:SCCは亀裂が非常に微細で進行初期は肉眼で見えないため、浸透探傷で表面、超音波で内部という組み合わせ検査が効果的です。
製造業におけるSCCリスクのまとめ
・SCCは見た目で発見しにくく、突然の破断につながる
・高温・塩分・高応力が重なる環境で特に発生しやすい
・ステンレス鋼、アルミ合金、銅合金などが代表的被害材料
➡対策: 設計応力低減、材料選定、環境管理、非破壊検査
実務でのポイント
・配管・ボルト・溶接部など応力集中箇所は重点管理
・海水、塩分含有水、高温水の環境ではSCCリスクを常に意識
・保全計画に非破壊検査を組み込み、早期発見・交換を徹底
まとめ
応力腐食割れ(SCC)は、応力 × 化学環境という二重の条件下で進行する金属破断現象です。
製造業では配管やボルト、船舶・化学プラント設備などで実際に発生しており、見た目では判断できない点が特に厄介です。
しかし、設計・材料選定・環境管理・保全計画を組み合わせることで、SCCによる事故リスクは大幅に低減できます。
現場担当者は、日常の点検だけでなく、リスク評価と予防策の両輪でSCC対策を徹底することが重要です。


