
アーク溶接は金属を高温で溶かし接合する代表的な手法で、自動車や建築、設備製造など幅広い分野で使用されています。
しかし初心者にとっては、溶接の安定性、ビードの見栄え、欠陥の回避など、多くの課題があります。
本記事では、アーク溶接初心者が失敗せずに作業するための基本から応用までを網羅的に解説します。
読むことで、安全対策、機材選定、溶接条件、実践的コツまで具体的に理解できます。
さらに、計算例や電流・電圧の設定目安も提示し、現場で即活用できる知識を提供します。
- 1. アーク溶接とは何か
- 2. アーク溶接で必要な基礎知識
- 3. 安全対策と作業環境
- 4. アーク溶接の基本操作
- 5. SMAW(手棒アーク溶接)の操作コツ
- 6. MIG/MAG(半自動溶接)の操作コツ
- 7. TIG溶接の操作コツ
- 8. 熱入力と溶接計算
- 9. 実務での失敗例と改善策
- 10. 品質チェックリストと欠陥確認
- まとめ
1. アーク溶接とは何か
1-1. アーク溶接の原理
アーク溶接は、電極と母材の間に発生する電気アークの熱で金属を溶かして接合する方法です。
アーク温度は5,000℃以上に達することがあり、金属を瞬時に溶融します。
溶融金属が冷却されることで接合が完了します。
代表的な溶接法には手棒溶接(SMAW)、半自動溶接(MIG/MAG)、TIG溶接などがあります。
それぞれ熱源の安定性や溶接速度、使用する電極・ワイヤが異なるため、用途や材料に応じて使い分けます。
1-2. 用途とメリット
アーク溶接は厚板の接合、構造物の製作、修理作業に適しています。
主なメリットは以下の通りです。
- 高い接合強度を確保できる
- 様々な金属に適応可能
- 機材が比較的安価で現場施工に向く
- 溶接部の形状やビードの制御が可能
建築業界や製造業では、鉄骨や鋼管の組立に不可欠な技術です。
1-3. 初心者が陥りやすい誤解
アーク溶接は「火花を飛ばすだけで接合できる」と誤解されやすいですが、実際は溶接条件や姿勢、電流管理が重要です。
誤った条件で溶接すると、溶込み不足やスラグ混入など欠陥が発生します。
初心者はまず、溶接の熱と金属の流動特性、冷却速度を理解することが成功の第一歩です。
2. アーク溶接で必要な基礎知識
2-1. 電流と電圧の関係
溶接品質は電流(A)と電圧(V)の設定で大きく変わります。
電流が大きすぎると母材が過熱し、スパッタや反りが発生します。
逆に弱すぎると溶込み不足になり、接合強度が低下します。
板厚5mmの鉄鋼の場合、目安はです。
電圧はアーク長に依存します。アーク長が長すぎるとスパッタが増え、短すぎるとアークが不安定になります。
実務では、電流と電圧のバランスを表にまとめておくと便利です。
| 板厚 | 電流 (A) | 電圧 (V) |
|---|---|---|
| 2mm | 50-70 | 18-20 |
| 5mm | 80-120 | 20-25 |
| 10mm | 150-200 | 25-28 |
| 20mm | 220-280 | 28-32 |
この目安を参考に練習することで、溶け込み不足やスパッタの発生を減らせます。
2-2. 溶接棒・ワイヤの選定
溶接棒やワイヤは母材の種類や板厚、溶接姿勢で選定します。
例:鉄鋼の場合、SMAWではE6013、TIGではER70S-6が標準です。
不適切な電極を使用するとスラグ巻き込みや割れ、ピットなど欠陥が増えます。
アルミやステンレスでは専用ワイヤ・電極が必要で、溶接パラメータも異なります。
2-3. 母材の前処理と清浄度
母材表面の錆、油、塗膜は溶接不良の原因となります。
グラインダーやワイヤブラシで清掃し、酸化被膜を除去することが重要です。
特に薄板では表面汚れで溶け込みが浅くなり、穴あきや溶接割れの原因になります。
3. 安全対策と作業環境
3-1. 保護具の着用
アーク溶接では強い光と熱、紫外線、スパッタが発生します。
必ず遮光溶接面、革手袋、防炎服を着用します。
顔や首を露出させないことで、火傷や光線角膜炎を防ぎます。
3-2. 換気と火災対策
溶接ヒュームには金属酸化物が含まれ、吸入すると健康被害が生じます。
換気扇や局所排気装置を使用することが望ましいです。
また、スパッタによる火災を防ぐため、周囲に可燃物を置かないことも重要です。
3-3. 電気安全
アーク溶接機は高電流を扱うため、感電リスクがあります。
絶縁マットの使用、適切なアース接続、濡れた手や床での作業禁止などが必要です。
4. アーク溶接の基本操作
4-1. 溶接姿勢と角度
溶接棒やトーチの角度は溶接品質に直結します。
一般的に溶接棒は母材に対して直角かやや前傾(10〜15°)で保持します。
トーチ角度は前方進行で母材に対して20〜30°の前傾が目安です。
初心者は溶け込みが浅くなることが多いため、角度を体感しながら練習することが重要です。
4-2. アーク長と速度
アーク長が長すぎるとスパッタが増え、短すぎるとアークが不安定になります。
溶接速度は溶融プールの大きさに合わせる必要があります。
厚板ではゆっくり進めてしっかり溶込み、薄板では速めに移動して母材の変形を防ぎます。
計算例:厚板10mm、溶接棒直径3.2mm、推奨速度は約です。
4-3. ストリング・ビードとウェーブビード
ビードは溶接線に沿って溶融金属を流すように描きます。
初心者はストリングビード(直線連続)で基本を習得し、ウェーブビードで母材を均等に加熱する練習をします。
厚板溶接では、重ね順序とビード間隔も重要です。
5. SMAW(手棒アーク溶接)の操作コツ
5-1. 電極の選び方と保管方法
SMAWでは電極選定が作業性に大きく影響します。
初心者は一般的なE6013を使用するのが無難です。
湿気を吸うと溶接不良やスパッタが増えるため、乾燥した状態で保管します。
乾燥が不十分な電極は以上で割れやピットを起こすことがあります。
5-2. 基本姿勢とアークの操作
溶接棒を母材に対して直角または10°前傾させます。
アークは5mm程度に保持し、ビードを均等に流すように操作します。
板厚3mm程度の薄板では、速度を速めに、板厚6mm以上の厚板ではゆっくり動かして溶込みを確保します。
5-3. 電流調整と溶接練習
電流設定は板厚と電極径で決まります。例:3.2mm電極で5mm板厚の場合、が目安です。
初心者はスクラッチ練習でアークの長さと移動速度を体感することが重要です。
6. MIG/MAG(半自動溶接)の操作コツ
6-1. ワイヤとガスの選定
MIGはガスシールド、MAGは活性ガスシールドで溶接します。
鉄鋼ではMAG溶接、ステンレスではMIGが一般的です。
初心者は鉄板用のワイヤ、ガスはCO2 100%か混合ガス(Ar+CO2)を使用すると良いです。
6-2. トーチ角度と送給速度
トーチ角度は母材に対して20〜30°前傾が目安です。
ワイヤ送給速度は溶接電流に直結します。例:板厚5mmの場合、ワイヤ速度は程度。
速すぎると溶込み不足、遅すぎるとスパッタやオーバーヒートを招きます。
6-3. ビード制御のポイント
MIG/MAGは安定したアークが得やすく、連続ビードが描きやすいです。
初心者はストリングビードで練習し、均等な幅と高さを意識します。
厚板では重ね順序を考え、ビードごとに冷却時間を確保します。
7. TIG溶接の操作コツ
7-1. トーチ操作と母材前処理
TIG溶接は非消耗電極(タングステン)を用い、溶融金属を溶加棒で補給します。
母材は油や酸化膜を完全に除去しておく必要があります。
初心者は短いビードで練習し、アーク保持の安定性を体感します。
7-2. アーク長と溶加棒操作
アーク長は短く、安定させることが品質向上の鍵です。
溶加棒は母材の前方に15〜20°の角度で供給し、溶融プールに均等に落とします。
速度が速すぎると溶け込み不足、遅すぎると母材変形やオーバーヒートが発生します。
7-3. 電流設定と板厚別の目安
TIG溶接の電流は板厚と母材材質で決まります。
例:ステンレス板3mmの場合、、5mmの場合
が目安です。
厚板では分割ビードを行い、溶込みを確保します。
8. 熱入力と溶接計算
8-1. 熱入力の計算式
溶接の熱入力は以下の式で求められます。
ここでQはkJ/cm、Iは電流(A)、Vは電圧(V)、Sは溶接速度(cm/min)です。
例:板厚5mm、I=120A、V=22V、S=12cm/minの場合:
熱入力を適切に管理することで、割れや反りを抑制できます。
8-2. 板厚・材質別熱入力目安
厚板や鋼材では熱入力を高め、薄板やアルミでは低く設定します。
表:板厚別目安(鋼材)
| 板厚 | 熱入力 Q (kJ/cm) |
|---|---|
| 2mm | 0.8-1.2 |
| 5mm | 1.5-2.0 |
| 10mm | 2.5-3.0 |
| 20mm | 3.5-4.0 |
8-3. 実務での応用例
熱入力を計算して施工計画を立てることで、母材反りの最小化、溶接割れ防止、安定した溶接品質を実現できます。
自動車フレーム溶接や建築鉄骨の施工では必ず事前計算が行われます。
9. 実務での失敗例と改善策
9-1. スパッタ過多とその対策
原因:電流過大、アーク長過長、母材汚れ
改善策:電流調整、アーク長を適切に保持、母材清掃
例:5mm板、I=150A → I=120Aに調整することでスパッタ減少
9-2. 溶込み不足と割れ
原因:速度過速、熱入力不足
改善策:速度を遅くし、熱入力を計算して適正化
板厚6mmの場合、SMAWでI=120A、V=22V、S=12cm/minが最適
9-3. ビード形状不良
原因:角度不適正、溶接棒振り幅不均一
改善策:角度と手振りを安定させ、練習で感覚を習得
10. 品質チェックリストと欠陥確認
10-1. ビード外観チェック
高さ・幅の均一性、スパッタの量、溶接棒の角度確認
10-2. 内部欠陥確認
試験片を切断して溶込みやスラグ巻き込みを確認
非破壊検査:超音波探傷(UT)、X線検査(RT)で内部欠陥をチェック
10-3. 改善と記録
欠陥があった場合は、パラメータや姿勢を改善し、作業日誌に記録
練習履歴と改善内容を管理することで、確実に技術向上が可能です。
まとめ
アーク溶接初心者が失敗しないためには、電流・電圧・熱入力の理解、電極やワイヤの選定、母材前処理、姿勢と角度、溶接速度の管理が重要です。
SMAW、MIG/MAG、TIGそれぞれに特徴があり、適切な操作方法を身につけることで安定した溶接が可能になります。
また、実務での失敗例を学び、練習課題を積み重ねることで、ビードの品質向上や欠陥防止につながります。
安全対策や品質チェックも怠らず、経験を記録することが初心者から熟練者への近道です。
本記事を参考に、理論と実践を組み合わせてアーク溶接スキルを着実に向上させましょう。


