
プレス金型や樹脂金型の製造現場において、「硬すぎて削れない」「深すぎて刃物が届かない」「角が鋭すぎてエンドミルでは加工できない」という難題に直面したとき、最後の切り札として登場するのが型彫放電加工(Die Sinking EDM)です。
回転する刃物で物理的に削り取る切削加工(マシニングセンタ)とは異なり、型彫放電加工は雷のような電気エネルギーを使って金属を溶かし、蒸発させて形状を作ります。そのため、どんなに硬い焼入れ鋼や超硬合金であっても、電気が通る素材であれば豆腐のように加工することができます。
しかし、そのプロセスは「電極」という型を作り、それを金属に転写するという特殊な手順を踏むため、設計段階からの高度な計算と準備が必要です。電極寸法を間違えれば、金型は即座にスクラップとなります。
本記事では、金型製造の要となる型彫放電加工について、そのメカニズムから、電極材(グラファイト・銅)の使い分け、ミクロン単位の精度を出すための「アンダーサイズ」の計算、そして主要メーカーの特徴や保守管理まで、製造現場のエンジニアが知っておくべき知識を徹底的に解説します。
- 1. 型彫放電加工とは:雷の力で金属を彫る
- 2. 加工のメカニズム:1秒間に数万回の爆発
- 3. 電極(Electrode):精度の命運を握る型
- 4. 最重要計算:アンダーサイズ(揺動代)の設計
- 5. 「精度」の正体:面粗さとコーナーR
- 6. 主要メーカーと技術トレンド
- 7. プレス金型・樹脂金型での具体的な用途
- 8. 加工時間の見積もりと計算
- 9. 保守とトラブルシューティング:火災リスクとの戦い
- 10. まとめ:デジタルとアナログの融合
1. 型彫放電加工とは:雷の力で金属を彫る

型彫放電加工(Die Sinking Electrical Discharge Machining)とは、加工したい形状を反転させた「電極」を作成し、絶縁性の加工液(油)の中でワーク(被削材)に近づけ、パルス状の放電(アーク放電)を繰り返すことで、ワーク表面を溶融・除去して形状を転写する加工法です。
切削加工との決定的な違い
マシニングセンタが「物理的な接触」で削るのに対し、放電加工は「非接触」で加工します。 電極とワークの間には常に数ミクロン〜数百ミクロンの隙間(放電ギャップ)があり、直接触れることはありません。 これにより、以下のメリットが生まれます。
- 硬度の無視: 材料の硬さは加工速度には影響しますが、「削れない」ということはありません。HRC60を超える焼入れ鋼や、ダイヤモンドに次ぐ硬さの超硬合金も加工可能です。
- 切削抵抗ゼロ: 物理的な力がかからないため、薄いリブや微細なピン形状でも倒れや変形なく加工できます。
- 鋭い内角(ピン角): エンドミルでは半径(R)が残ってしまう内側の角も、電極のエッジを鋭くすることで、限りなく直角に近い形状(R0.02mm以下など)に仕上げられます。
ワイヤ放電加工との違い
同じ放電加工でも、「ワイヤ放電」は糸鋸のように形状を切り抜く加工です。貫通穴や外形の切り出しに使われます。 一方、「型彫放電」はスタンプのように形状を押し込む(彫り込む)加工です。底のあるポケット形状や、複雑な3次元曲面の加工に使用されます。
2. 加工のメカニズム:1秒間に数万回の爆発

放電加工の微細な世界では、以下のような現象が超高速で繰り返されています。
- 絶縁破壊: 電極がワークに近づくと、絶縁液(油)の中で電界が強まり、絶縁が破れて「放電柱(プラズマ)」が発生します。
- 溶融と気化: 放電柱の温度は数千度〜数万度に達します。この超高温により、ワーク表面の金属が瞬時に溶融し、一部は気化してガスになります。
- 爆発と飛散: 放電を止めると(OFF時間)、周囲の加工液が急激に流れ込み、気化したガスの爆発力で溶けた金属が吹き飛ばされます。これが「加工屑(スラッジ)」となります。
- 冷却と凝固: 吹き飛ばされた跡には小さなクレーター(放電痕)が残ります。これを無数に重ねることで、面として掘り下がっていきます。
この「ON(放電)」と「OFF(休止)」のタイミング制御が、加工速度と面粗さ、そして電極消耗を決定づけます。
3. 電極(Electrode):精度の命運を握る型

型彫放電加工において、最も重要なのが「電極」です。電極の精度が悪ければ、当然金型の精度も出ません。
電極材料の二大巨頭:銅 vs グラファイト
かつては銅(タフピッチ銅)が主流でしたが、現在はグラファイト(黒鉛)の使用比率が高まっています。
- 銅電極(Copper):
- メリット: 鏡面仕上げなどの光沢が必要な細かい仕上げ加工に強い。消耗が比較的穏やかで制御しやすい。入手性が良い。
- デメリット: 切削加工時にバリが出やすく、微細形状を作るのに技術がいる。重い(大型電極に向かない)。熱膨張が大きい。
- グラファイト電極(Graphite):
- メリット: 切削加工性が極めて良く、バリが出ないため薄リブ電極が作りやすい。軽い。熱膨張が銅の1/4と小さく精度が安定する。放電加工速度が銅より速い。
- デメリット: 切削時に真っ黒な粉塵が出るため、集塵機付きの専用加工機が必要。鏡面仕上げには不向き(ポーラスな表面になりやすい)。
【選定基準】 精密コネクタや意匠面の鏡面仕上げには「銅」、大型の自動車金型や深いリブ加工、スピード優先の荒加工には「グラファイト」という使い分けが一般的です。
4. 最重要計算:アンダーサイズ(揺動代)の設計

放電加工のプログラムを入力する際、あるいは電極を設計する際、避けて通れないのが「アンダーサイズ(Undersize)」の計算です。 電極は、狙いの形状よりも「小さく」作らなければなりません。
なぜ小さく作るのか?
理由は2つあります。
- 放電ギャップ(Spark Gap): 電極とワークの間には必ず隙間(火花が飛ぶ距離)が必要です。接触させては加工になりません。
- 揺動(Orbiting): 仕上げ加工では、電極を円を描くように微小に動かし(ローリング)、側面を綺麗に仕上げたり、加工屑の排出を促したりします。この動きの分だけ隙間を空けておく必要があります。
アンダーサイズの計算式
片側あたりのアンダーサイズ量 は以下の式で決まります。
:放電ギャップ(加工条件、電気エネルギーの大きさで決まる)
:片側揺動量(仕上げ代)
したがって、電極寸法 は、目標製品寸法(金型キャビティ寸法)
に対して以下のようになります。
【計算事例:精密ポケット加工】 目標ポケット寸法: (公差 +0.01 / 0) 仕上げ条件の放電ギャップ:
(片側) 仕上げ時の揺動量:
(片側)
片側アンダーサイズ 電極寸法
もし、荒加工用、中仕上げ用、仕上げ用の3本の電極を用意する場合、それぞれのアンダーサイズを変える必要があります。
- 荒電極: ギャップ大(0.15mm)、揺動なし → 電極寸法
- 中仕上電極: ギャップ中(0.08mm)、揺動小 → 電極寸法
- 仕上電極: ギャップ小(0.03mm)、揺動大 → 電極寸法
このように、工程ごとに計算された寸法の電極を用意しなければ、狙った精度(±0.005mmなど)を出すことは不可能です。
5. 「精度」の正体:面粗さとコーナーR

型彫放電加工における「精度」とは、単なる寸法公差だけではありません。「面粗さ」と「形状再現性」が品質を決定づけます。
面粗さ(Surface Roughness)とRz
放電加工面は「梨地(なしじ)」と呼ばれるマットな凹凸面になります。 この凹凸の大きさ(理論面粗さ)は、放電エネルギー(電流ピーク値 とパルス幅
)に依存します。
理論上のクレーター深さ は近似的に以下の関係があります。
つまり、電流を大きく、時間を長くするほど加工は速くなりますが、面は粗くなります。 鏡面仕上げ(Rz 0.5μm以下)を目指す場合は、微小なコンデンサ放電回路を用いて、極めて小さなエネルギーで高周波の放電を行う必要があります。これには非常に長い時間がかかります(数十時間かかることもあります)。
コーナーR(ピン角)の限界
「放電ならピン角(R0)ができる」と誤解されがちですが、物理的にR0は不可能です。 電極の角も放電によって消耗し、丸みを帯びるからです。これを「コーナー消耗」と呼びます。
- 低消耗回路: 最新の電源は、電極の消耗を抑える制御が進んでいますが、それでも仕上げ加工では R0.02〜0.03mm 程度が限界の実用値です。
- 対策: ピン角が必要な場合は、仕上げ電極を複数本用意し、摩耗していない新品の電極で最後の仕上げを行う「多段加工」を行います。
6. 主要メーカーと技術トレンド

型彫放電加工機は、日本メーカーが世界をリードしています。各社の特徴を理解することは、設備選定の第一歩です。
① ソディック(Sodick)
- 特徴: 「リニアモータ駆動」のパイオニア。ボールねじを使わないため、バックラッシ(ガタ)がなく、永久に位置決め精度が維持されると謳っています。
- 強み: 高速ジャンプ動作(電極を高速で上下させる動き)により、深いリブ加工や深穴加工での切り屑排出能力が圧倒的に高く、加工速度が速いです。
② 三菱電機(Mitsubishi Electric)
- 特徴: AI技術「Maisart」を搭載した制御の賢さが特徴。NC装置、電源、駆動系をすべて自社開発しています。
- 強み: 「IDPM」などの適応制御により、グラファイト電極を用いた加工での電極消耗を極限まで抑える技術に定評があります。自動化システムとの親和性も高いです。
③ 牧野フライス製作所(Makino)
- 特徴: 超精密加工の代名詞。「ハイパーi」制御装置など、オペレータの使いやすさを追求しています。
- 強み: 「スーパースパーク」技術による加工面質の高さに定評があり、特にコネクタやレンズ金型などの微細・高品位仕上げで選ばれることが多いです。
7. プレス金型・樹脂金型での具体的な用途

どのような場面で放電加工が選ばれるのか、具体例を挙げます。
プレス金型の場合
- ダイプレートの異形穴: 丸穴や四角穴以外の、複雑なプロファイルの抜き穴。ワイヤ放電で加工できない「底付き」の逃げ形状などに使用されます。
- 刻印・マーキング: パンチの先端に文字やロゴを彫り込む工程。エンドミルでは刃先径の制限で彫れない微細な文字も、電極なら再現可能です。
樹脂金型(モールド)の場合
- 深いリブ(Rib): プラスチック製品の補強リブとなる、幅1mm、深さ20mmのような深い溝。切削では工具が届かない、またはビビる形状も、放電なら垂直に掘り下げられます。
- シボ加工(Texturing): 電化製品の表面に見られる革シボや梨地模様。放電痕そのものをテクスチャとして利用する場合もあります。
- ゲート・ランナー部: 樹脂の流路となる複雑な形状。
8. 加工時間の見積もりと計算
「この金型、放電で何時間かかる?」という問いに答えるための計算アプローチです。
加工除去速度(Removal Rate)
加工速度は、1分間に除去できる体積 (g/min または mm³/min)で表されます。 粗加工では
以上の速度が出ますが、仕上げ加工では
以下になることもあります。
簡易見積もり式:
:加工時間(min)
:除去体積(mm³)
:平均加工速度(mm³/min)
ただし、放電加工は「深くなるほど遅くなる(切り屑が排出されにくくなるため)」性質があるため、単純な比例計算では誤差が出ます。 深さ係数(深さD/電極幅W > 5 なら速度50%ダウンなど)を考慮する必要があります。
【計算事例】 除去体積 のポケット加工。 粗加工(残り代0.2mmまで):平均速度
→
中仕上げ(残り代0.05mmまで):平均速度
→
仕上げ(寸法・面粗さ出し):平均速度
→
合計:
(約2.7時間)
このように、体積のほとんどを除去する粗加工よりも、わずかな量を削る仕上げ加工の方が圧倒的に時間がかかります。
9. 保守とトラブルシューティング:火災リスクとの戦い
型彫放電加工機は、油の中で火花を散らす機械です。メンテナンスを怠ると、精度不良だけでなく火災事故につながります。
加工液(絶縁油)の管理
- スラッジによる二次放電: 加工液中に金属粉(スラッジ)が浮遊していると、意図しない場所で放電が飛び(二次放電)、側面が荒れたり、精度が出なくなったりします。フィルタの定期交換は必須です。
- 引火点と火災対策: 一般的な放電加工油(第4類第3石油類)の引火点は70℃〜100℃程度です。液面が下がって加工部が空気中に露出した状態で放電すると、一瞬で引火します。 「液面センサの動作確認」と「自動消火装置の点検」は命に関わる最重要項目です。
アーク放電(異常放電)の検知
加工屑が隙間に詰まり、放電が一点に集中してしまう現象を「アーク放電」と呼びます。 こうなると、ワークも電極もドロドロに溶けてしまい、金型は修復不能になります。 最新の機械はアーク検知機能を持っていますが、アーク痕(黒い焦げ跡)が見られた場合は、すぐに条件を下げ、ジャンプ動作(排出力)を強めるなどの対策が必要です。
通電板・ケーブルの点検
大電流を流すため、ケーブルや接点が劣化しやすいです。抵抗が増えると加工エネルギーが損失し、加工速度が低下します。
10. まとめ:デジタルとアナログの融合
型彫放電加工は、コンピュータ制御の極致とも言える技術ですが、その準備段階である「電極設計」「アンダーサイズ計算」「揺動パターンの選定」には、設計者の深い知識と経験が必要です。
- 硬い材料、深い形状、鋭い角には放電加工一択。
- 電極の材質(銅・グラファイト)を適材適所で使い分ける。
- アンダーサイズ計算は、ギャップと揺動量を足し合わせる。
- 仕上げ加工の時間を見積もりに組み込む。
- 火災対策は絶対に怠らない。
最新の放電加工機は、AIによる自動制御で「誰でもボタン一つ」で加工できるようになりつつあります。 しかし、「なぜその電極寸法なのか」「なぜその面粗さになるのか」という理屈を知っているエンジニアこそが、機械の限界以上の精度を引き出し、他社には真似できない金型を作り出すことができるのです。