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ミーゼス応力とは|主応力との違いと降伏条件を解説

構造解析(CAE)ソフトで計算ボタンを押すと、画面上の部品がカラフルに染まります。

応力の高い場所が赤く、低い場所が青く表示される、おなじみの「コンター図」です。

エンジニアにとって最もエキサイティングであり、同時に最も慎重さが求められる瞬間です。

 

このとき、凡例(カラーバー)に書かれている単位は  \text{MPa} です。

しかし、そのラベルをよく見てください。

単に「Stress」ではなく、「Von Mises Stress(ミーゼス応力)」あるいは「Equivalent Stress(相当応力)」と書かれていませんか?

 

「この赤くなっている部分の値は 300MPa です」

設計現場で飛び交うこの会話。しかし、厳密に言えば、材料の内部に「300MPaのミーゼス応力」という物理的な「力」が働いているわけではありません。

ミーゼス応力とは、ベクトルでもテンソルでもなく、複雑な3次元の力のかかり方を、無理やり「引張試験の1次元」に換算した、人間(およびコンピュータ)のための「仮想的なスカラー指標(単なる数値)」なのです。

 

なぜ、X方向の応力やY方向の応力をそのまま見てはいけないのでしょうか?

なぜ、ミーゼス応力は「破壊の判定」において、これほどまでに絶対的な信頼を得ているのでしょうか?

その背景には、金属結合の原子が「滑る」メカニズムと、エネルギー保存の法則が深く関わっています。

 

本記事では、ミーゼスの降伏条件(せん断ひずみエネルギー説)の物理的背景から、主応力を用いた定義式、実務で使う2次元平面応力の計算式、そしてトレスカ説との決定的違いまでを、数式を交えて網羅的に解説します。

CAEの結果をただ眺めるだけでなく、その数値が何を意味しているのかを「計算」で理解できることを目指します。

1. そもそも、なぜ「相当応力」が必要なのか?

材料のカタログ(ミルシート)を見ると、SS400やS45Cといった金属材料の「降伏点(Yield Strength)」が記載されています。

例えば、「降伏点: 245 \text{MPa}」と書かれていたとします。

これは、「単軸引張試験」という、非常に単純な状況で測定された値です。

棒を左右から一方向に引っ張り、 245 \text{MPa} の力がかかった瞬間に伸び始めた(永久変形した)、という事実を示しているに過ぎません。

 

多軸応力状態のジレンマ:通貨換算の必要性

しかし、実際の機械部品は、そんな単純な引っ張りだけを受けることはまずありません。

・X方向に引っ張られながら( \sigma_x

・Y方向には圧縮され( \sigma_y

・さらに雑巾絞りのようにねじられている( \tau_{xy}

 

このように、あらゆる方向から複雑な力がかかる状態を「多軸応力状態」と呼びます。

これをそのまま評価するのは、財布の中に「ドル」と「ユーロ」と「円」が混ざっている状態で、「合計いくら持っているか?」と問われるようなものです。

それぞれの通貨(応力成分)をバラバラに見ていても、資産の合計(破壊のリスク)はわかりません。

 

そこで、「すべての応力成分を、円(単軸引張応力)に換算して合計しよう」という発想が生まれます。

これが「相当応力(Equivalent Stress)」です。

その中でも、鋼鉄やアルミなどの延性材料(金属)に対して、実験結果と驚くほど正確に一致する換算レート(理論)を提唱したのが、リヒャルト・フォン・ミーゼス(Richard von Mises)なのです。

 

2. ミーゼス応力の物理的意味:せん断ひずみエネルギー説

ミーゼス応力の式を丸暗記している人は多いですが、その「物理的な意味」まで説明できる人は稀です。

ミーゼス応力の正体は、材料内部に蓄えられる「歪み(ひずみ)エネルギー」です。

より正確には、「体積変化に関与しない、形状変化だけのエネルギー」を見ています。

 

「体積変化」と「形状変化」の分離

物体にかかる応力(テンソル)は、数学的に以下の2つの成分にきれいに分解できます。

 

1. 静水圧成分(Hydrostatic Stress)

全方向から均等にかかる圧力です(平均応力)。

これは物体を「小さくする(体積を変える)」だけで、形は変えません。

深海のマリアナ海溝(水圧約100MPa)に鉄球を沈めても、鉄球はわずかに収縮するだけで、ペシャンコに潰れたり、塑性変形して歪んだりすることはありません。

金属材料において、静水圧は破壊(降伏)には寄与しないのです。

 

2. 偏差応力成分(Deviatoric Stress)

平均的な圧力からの「ズレ」の成分です。

これが物体を「歪ませる(形状を変える)」働きをします。

正方形を平行四辺形にするような「せん断変形」を引き起こすエネルギーです。

金属の原子結合(金属結合)は、原子面がズルッと滑る(転位の移動)ことで塑性変形を起こします。

この滑りを引き起こすのは、押し潰す力ではなく、ズラす力、すなわち偏差応力成分なのです。

 

ミーゼスの主張

ミーゼスはこう考えました。

「材料が降伏するのは、形状を変えようとするエネルギー(せん断ひずみエネルギー)が、ある限界値(単軸引張で降伏した時のエネルギー)を超えたときである」

 

つまり、複雑な応力状態から、無害な静水圧成分をフィルターのように取り除き、危険な「歪ませるエネルギー」だけを抽出してルートをとった値。

それがミーゼス応力なのです。

 

3. 定義式:3次元主応力による表現

では、具体的な数式を見ていきましょう。

最も基本となるのは、3つの主応力( \sigma_1, \sigma_2, \sigma_3)を用いた表現です。

主応力とは、せん断応力成分がゼロになるような特定の角度(主軸)で見たときの垂直応力のことです。

(CAEソフト内部では、まず固有値計算を行ってこの主応力を求めています)

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ \dfrac{1}{2} \left\lbrack (\sigma_1 - \sigma_2)^2 + (\sigma_2 - \sigma_3)^2 + (\sigma_3 - \sigma_1)^2 \right\rbrack }

 

この式の美しさは、「差の二乗」で構成されている点です。

もし、 \sigma_1 = \sigma_2 = \sigma_3 = P (全方向から均等な圧力)であった場合、どうなるでしょうか?

括弧の中身は  (P-P)^2 + (P-P)^2 + (P-P)^2 = 0 となり、ミーゼス応力はゼロになります。

「どれほど高い静水圧がかかっていても、ミーゼス応力(破壊リスク)はゼロである」という物理的事実が、見事に数式で表現されています。

 

判定基準

設計における判定は至ってシンプルです。

 

 \sigma_{vm} \leqq \sigma_{Y}

 

計算したミーゼス応力が、材料カタログにある降伏応力  \sigma_Y 以下であれば、どんなに複雑な力がかかっていても、その部品は弾性範囲内にあり、壊れない(永久変形しない)と判断できます。

 

4. 実務式:一般座標系での表現

しかし、実務の手計算では主応力が最初からわかっていることは稀です。

通常、我々が扱うのは、X-Y-Z座標系における6つの応力成分( \sigma_x, \sigma_y, \sigma_z, \tau_{xy}, \tau_{yz}, \tau_{zx})です。

これらを使った一般式は以下のようになります。

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ \dfrac{1}{2} \left\lbrack (\sigma_x - \sigma_y)^2 + (\sigma_y - \sigma_z)^2 + (\sigma_z - \sigma_x)^2 + 6(\tau_{xy}^2 + \tau_{yz}^2 + \tau_{zx}^2) \right\rbrack }

 

非常に長く複雑に見えますが、恐れる必要はありません。

実際の設計現場(板金、シャフト、薄肉容器など)の9割は、次に紹介する「平面応力状態」で近似できるからです。

 

重要:平面応力状態(2次元)での簡略化

薄板や表面など、厚み方向の応力が解放されてゼロ( \sigma_z = 0, \tau_{yz} = 0, \tau_{zx} = 0)とみなせる場合、式は劇的にシンプルになります。

これが、設計者が暗記すべき「手計算用のミーゼス式」です。

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ \sigma_x^2 - \sigma_x \sigma_y + \sigma_y^2 + 3 \tau_{xy}^2 }

 

この式には、以下の重要な特徴があります。

1. 垂直応力  \sigma_x, \sigma_y の二乗和が含まれる( \sigma_x^2 + \sigma_y^2)。

2. クロス項  -\sigma_x \sigma_y がある(符号がマイナスである点に注意)。異符号の応力(引張と圧縮)が組み合わさると、この項がプラスに働き、ミーゼス応力は大きくなります。

3. せん断応力  \tau_{xy} が「3倍」されて加算される。

 

特に「せん断応力の係数が3」であることは、次の章で解説する「ねじり強度の常識」に直結する極めて重要なファクターです。

 

5. ミーゼスの魔法:なぜ「ルート3」なのか?

機械設計の教本やJISの計算式に、さらっとこんなことが書いてありませんか?

「せん断降伏応力  \tau_Y は、引張降伏応力  \sigma_Y 1/\sqrt{3} 倍(約0.577倍)とする」

 

なぜ半分(0.5)ではなく、約0.577という半端な数字なのか。

この謎は、ミーゼスの式を使えば一発で解けます。

 

純粋な「ねじり(せん断)」を受ける場合

丸棒を雑巾絞りのようにねじった状態(純粋せん断状態)を考えます。

このとき、引張応力成分はなく、せん断応力だけが存在します。

・引張応力: \sigma_x = 0, \sigma_y = 0

・せん断応力: \tau_{xy} = \tau

 

これを先ほどの「平面応力状態のミーゼス式」に代入してみましょう。

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ 0^2 - 0 + 0^2 + 3 \tau^2 }

 \sigma_{vm} = \sqrt{ 3 \tau^2 }

 \sigma_{vm} = \sqrt{3} \tau

 

これが意味するのは、「せん断応力  \tau しかかかっていなくても、材料にとっては  \sqrt{3} 倍(約1.73倍)の引張応力がかかっているのと同じダメージ(エネルギー)がある」ということです。

材料が降伏するのは、この換算値  \sigma_{vm} が降伏点  \sigma_Y に達したときですから、

 

 \sqrt{3} \tau = \sigma_Y

 \tau = \dfrac{\sigma_Y}{\sqrt{3}} \approx 0.577 \sigma_Y

 

これが、設計現場で「せん断強度は引張強度の約6割で見積もれ」と言われる理論的根拠です。

経験則ではなく、エネルギー保存則に基づく厳密な数学的帰結なのです。

 

6. トレスカ説(最大せん断応力説)との比較

ミーゼスと並んで有名なのが、アンリ・トレスカが提唱した「トレスカの降伏条件(最大せん断応力説)」です。

実務ではどちらを使うべきなのでしょうか?

 

判定式の違い

・ミーゼス:歪みエネルギー(全体の平均的な歪み)を見る。

・トレスカ:最大せん断応力( \tau_{max} = (\sigma_{max} - \sigma_{min})/2)だけを見る。原子面が滑るか滑らないかは、最大のせん断応力だけで決まるはずだ、というシンプルな考え方です。

 

降伏曲面(Yield Surface)の形状

主応力空間( \sigma_1, \sigma_2 平面)で、「ここより外側なら降伏する」という境界線を描くと、両者の違いが明確になります。

 

・ミーゼス:滑らかな楕円を描きます。

・トレスカ:六角形を描きます。

 

重要なのは、六角形(トレスカ)は、常に楕円(ミーゼス)の内側にすっぽりと収まるか、接しているということです。

楕円の外側には絶対に出ません。

これは、「トレスカの方が、判定が厳しい(安全側に出る)」ことを意味します。

同じ応力状態でも、トレスカで計算した相当応力の方が、ミーゼスよりも最大で約15%ほど大きな値になります。

 

使い分けの基準

ミーゼス:一般的な金属(鋼、アルミなど延性材料)の実験結果に極めてよく一致します。また、数式が微分可能で滑らかなため、コンピュータ解析(FEM)での収束性が良く、現在のデファクトスタンダードです。

トレスカ:計算が単純なので、現場での手計算チェックによく使われます。また、圧力容器の規格(ASME等)など、より高い安全性を担保したい分野では、あえて厳しいトレスカ基準を採用することがあります。

 

7. 実践計算事例:軸の強度計算

最後に、実際の設計で最も頻出する「曲げとねじりを同時に受ける軸」の強度計算を行いましょう。

ミーゼス応力を使えば、この複合荷重を一発で評価できます。

 

条件

・材料:S45C 調質材(降伏点  \sigma_Y = 343 \text{MPa}

・負荷1:プーリーのベルト張力による曲げモーメントで、最大曲げ応力  \sigma_x = 100 \text{MPa}

・負荷2:モーターのトルク伝達により、最大せん断応力  \tau_{xy} = 60 \text{MPa}

(※他の応力成分  \sigma_y 等はゼロとする)

 

この軸は安全でしょうか?それとも降伏するでしょうか?

 

Step 1:個別の応力で判断しない

曲げ応力  100 \text{MPa} は、降伏点  343 \text{MPa} よりずっと低いです。

せん断応力  60 \text{MPa} も、降伏点の約6割( \approx 200 \text{MPa})より低いです。

「個別にみれば余裕で安全」に見えます。

しかし、これらが「同時に」かかっているのが問題です。

 

Step 2:ミーゼス応力の計算

平面応力の公式に代入します。

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ \sigma_x^2 - \sigma_x \sigma_y + \sigma_y^2 + 3 \tau_{xy}^2 }

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ 100^2 - 0 + 0 + 3 \times 60^2 }

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ 10000 + 3 \times 3600 }

 

 \sigma_{vm} = \sqrt{ 10000 + 10800 } = \sqrt{ 20800 }

 

 \sigma_{vm} \approx 144.2 \text{MPa}

 

この結果から、ねじりの影響(10800)が、曲げの影響(10000)と同じくらい支配的であることがわかります。

 

Step 3:安全率の算出

算出されたミーゼス応力は  144.2 \text{MPa} です。

材料の降伏点  343 \text{MPa} と比較します。

 

 144.2 < 343

 

したがって、この軸は「降伏しない(安全である)」と判断できます。

安全率  S は以下のように求まります。

 

 S = \dfrac{\sigma_Y}{\sigma_{vm}} = \dfrac{343}{144.2} \approx 2.38

 

安全率は約2.4倍です。

一見十分に見えますが、軸にはキー溝などの「切り欠き」がある場合が多く、応力集中係数( K_t)を考慮すると、局所的には2〜3倍の応力が発生している可能性があります。

FEM解析ではこの応力集中まで含めてミーゼス応力として表示されますが、手計算の場合は、この値にさらに  K_t を掛ける必要があることを忘れないでください。

 

まとめ

ミーゼス応力は、複雑怪奇な3次元の力の場を、たった一つの数値「スカラー」に集約する魔法の翻訳機です。

 

・物理的意味:形状を歪ませる「せん断ひずみエネルギー」の総量。

・基本式:3次元の主応力の差の二乗和で表され、静水圧(平均応力)の影響を受けない。

・実務式(2D): \sqrt{\sigma_x^2 - \sigma_x\sigma_y + \sigma_y^2 + 3\tau_{xy}^2} (これだけは暗記必須!)

・せん断の強度:引張強度の  1/\sqrt{3} (約58%)になる根拠。

・対トレスカ:ミーゼスは実験によく合う。トレスカは計算が楽で安全側(保守的)。

 

CAEの赤いコンター図を見たとき、単に「危ない」と思うだけでなく、「ああ、ここでは原子を滑らせようとするエネルギーが局所的に高まっているのだな」とイメージできれば、対策(リブの追加、フィレットの拡大、肉厚の変更)の質も変わってくるはずです。

ミーゼス応力は、設計者が材料と対話するための、世界共通の言語です。